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4 裏切られてたんですが? (八尋)
その佐々木が、俺の番のαの浮気相手?
…いや、有り得ないよな…?
俺の脳内には?マークの嵐だ。
高一の冬から、佐々木が何処でどうしていたかなんて知らないが、こっちに戻って就職してたって事…なんだろうか。琉弥の会社に?
というか、本当にあの佐々木本人なんだろうか。
「…浮気なんて、ある訳ねーよ…。」
でも、相手が佐々木本人なら、有り得なくもない。
佐々木は人を籠絡する天才だからだ。
容姿だってあの通りだし、いくら琉弥だって…。
ゾクッと悪寒がした。
そんな事、ある訳ないと確信が欲しかった。
番を結んだαが 他の人間に気を取られる筈が無いって。
だから俺は、1週間悩んだ後、興信所に依頼した。
信じたかったからだ。
自分の心に生まれた疑惑の芽を潰したかったからだ。
何時迄もモヤモヤ抱え込むのはもう嫌だった。
何も無ければそれで良いし、その時はついでに依頼した佐々木の正体が明確になるだけだ。
偶然、旦那のいる会社に佐々木(元カレとは意地でも言いたくない。)が入社していた、それだけの話。
興信所の依頼費は高い。
けど俺は結婚してからも派遣の仕事は続けていたし、生活費は琉弥が全額負担してくれていたから自分の給料は丸々貯金に回せていた。
調査費くらいドンと来い…とはいかなかったが、出せない金額ではなかった。しかし断腸の思いで一週間分、数十万とさよならした。
もしこの一週間で結果が出なかったら…それはそれで潔白と思って良いのかな、なんて考えたりして。
しかし、残念ながらその、たったの一週間でバッチリ結果は出てしまったのだ。
調査結果が出たとの連絡に、俺は興信所に向かった。
通されたのは依頼時に面談したのと同じ部屋。
テーブルを挟み、2人の職員と差し向かいに椅子に座った。
佐々木はやはりあの佐々木蓮士だったし、週末金曜の夜に琉弥は残業なんかしていなかった。
2人が終業後に会っていたのは週2回。
水曜日の夜は食事の後に直ぐに佐々木のマンションへ向かい、金曜日の夜は食事の後にバーに寄り、その後佐々木のマンションへ。
バーに寄った後、タクシーを拾う前のものだと言われた画像。
高性能暗視カメラで捉えられた、ビルの隙間でキスをする佐々木と琉弥の姿を見た時の俺の気持ちが、わかるだろうか。
信じたかった、信じていた番に裏切られていた事に対する悲しみ。怒りより、失望だった。
琉弥。俺じゃなくても、良いんだな、お前は…。
荒れ狂う感情。
そして蘇ったのは高一のあの夜。
連れ込まれたビルとビルの間、壁に押し付けられて唇を奪われたあの時の記憶だ。
「うぇっ…、」
俺は嘔吐いた。結果を聞く日だからと緊張で朝からろくに食えてなかったから胃液しか出て来なかったけれど、それでも吐いた。
職員も調査員も、取り乱した依頼客の対処に慣れているんだろうか。
1人は迅速に床の汚物を清掃し、1人は落ち着かせるように俺の背中を撫でてくれた。
情けなかった。
苦汁を舐めさせられた高校時代が蘇ってくるようだった。
お前はまた、俺から奪っていくんだな、佐々木…。
結局俺は結果を出してくれたその興信所を信頼し、追加で調査を頼んだ。
それで分かった事は…、
2人の付き合いは、佐々木が琉弥の下についた1年半程前から始まったらしい事。
今の所、職場外での逢瀬はコンスタントに週2。
時折、食事の際に琉弥が佐々木に贈り物をしているらしき事。
佐々木には琉弥の他に特定の相手はいないようだという事。
そして何故か、琉弥と合わない日には俺と琉弥が住むマンションの下に来ているらしい事。
そんなに琉弥に気持ちが入ってるのか、と思った。
勿論佐々木は琉弥が既婚者だと認識している筈だ。
琉弥は職場でもいちいち指輪は外さないだろうし、隠してる訳でもない。
それをわかった上で付き合って、会えない日には、家の近所に迄来て…。
完全に琉弥に本気になってるって事だろう、あの佐々木が。
今は未だその程度の事しかしていないが、このままエスカレートしたら俺…離婚しろって嫌がらせが始まったり、嫉妬で刺されたりするんじゃねーの?
「…無理ぃ…。」
調査結果を自宅のベッドルームで確認しながら、俺は天井を仰いだ。
1年半。俺と番になって1年で浮気が始まってて、俺はそれを全く知らずに琉弥に抱かれてた。
佐々木を抱いた…抱いたんだろうな。あの琉弥が抱かれる筈がないだろうし、佐々木が受け身と考えるのが自然だろう。
そんな腕で俺を抱いて、佐々木とキスして佐々木のちんこを愛撫した唇で俺に…。
「やべ、吐く…。」
想像してしまったら吐き気が来るのをわかってて 何故俺は…。マゾなのか。
トイレで吐いて、洗面所のシンクで口を濯いだ。
目線を上げると情けなく眉を下げた自分の顔が鏡に映っている。
どうしたら良いんだ。
俺はわかり易く途方に暮れた。
俺は翌日から理由をつけて、暫く実家に戻る事にした。
琉弥は少し不満そうだったけど、ヤツは基本的には俺のする事を否定しない。
実家の両親は不思議そうに、喧嘩でもしたのかと聞いてきたけど、笑って否定。
俺は只、これからについての考えを纏める時間が欲しかっただけだ。
これからというのはつまり、この事をどのタイミングで琉弥に告げるかという事と、再構築を望まれた場合、俺の性格でそれに応じる事が出来るのかという事。
そして、琉弥と別れた場合に俺が将来的に負うであろうリスクについて。
相手有責なので、どちらからも金は取れるだろう。
だから経済的リスクの話ではない。
俺が考えているのは 番の解除に伴い、Ωの身体に現れる顕著な重い負荷の事だ。
番の離別は只の離婚とは違う。
Ωは抑制剤も利き難くなり、新たな番も作れず、更年期を迎える迄ヒートの苦しみに一人で向き合わねばならないのだと教えられた。
決断は簡単には下せない。
だからとにかく、1人になれる時間が欲しかった。
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