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7 再び縁を繋ぐ (琉弥side)
約10年越しの恋に再び囚われてしまった琉弥に、もう迷いは無かった。
先ず、人を使って八尋本人の現状と周辺の人間関係を調べた。
ーー佐波 八尋 24歳 (Ω)ーー
調書に上がってきた最初の一文に、琉弥の心臓は大きく音を立てた。
Ω。八尋はΩになったのか、と。
実際は中学の時点でもほぼ7割はΩであろうと判定は出ていたのだから、急にそうなった訳でもないのだが、八尋をβだと思い込んでいた琉弥にとっては青天の霹靂にも等しい情報だったのだ。
しかも、Ωの多くは早目にαとくっつくというのに、八尋は独身らしい。それらしい番候補の恋人も、好意を持っていそうな相手もいないようだ。
琉弥は思った。
これは、天が自分に与えた最大のチャンスなのでは…?
それからの行動は早かった。
仲人が趣味でやたら広い人脈を自慢にしている叔母に相談すると、佐波の親戚筋に女子校時代の同級生がいると言う。
見合いをセッティングしてくれる事になった。
今迄自分が厳選して持ち込んだ見合い話を全て蹴ってきた癖に、何故こんなに冴えない男を?と零す叔母に、『これが纏まれば叔母さんの手腕が証明されますね。』と微笑むと、おまかせあれ!とか言いながら張り切って出かけていった。
何時もは煩わしいだけの存在だった叔母に、初めて感謝する気になり、出ていったドアに向かって拝んでおいた。
叔母が意気込んで出かけていってから数日の内に、見合いの打診に成功した旨の連絡が来た。
叔母の同級生は、八尋にとっても叔母にあたる人だったらしく、気の乗らない八尋に猛プッシュして琉弥のプロフィールを見せる事に成功。
それで八尋が、中学のクラスメートだった琉弥に気づいたのだった。
それでも、あまり親しくも無かったと渋る八尋に、独り身のΩの行く先や、実は親も案じているという話をすると、漸く首を縦に振ったのだという。グッジョブ八尋叔母。
琉弥は早速、自分の叔母と八尋の叔母に、取り敢えずの礼として、2人が推しているという某芸能人の高級ディナーショーのチケットを手配した。
成約後の成功報酬には海外旅行でも贈るつもりだ。その程度の出費なら惜しくもない。
八尋が手に入る可能性があるのなら。
琉弥は嬉々としてマウスを繰った。
八尋との見合いは、徳永家御用達のホテルの中にある日本料理屋で行われた。
ラウンジで落ち合った時、八尋は少し緊張していた。
けれど、琉弥が掛けた『久しぶり。』という言葉に、ホッとしたように少し緊張を解いた。
『覚えててくれてるとは思わなかった。』
そう言われて琉弥は自分が八尋とわざと距離を取っていた事を思い出し、子供だった自分を後悔した。
あの頃、もっと素直になれていたら。そして親しくなっていたら、もしかすると八尋と付き合えていたのかもしれない。そうしたら、琉弥は全寮制校への進学を蹴って八尋と同じ高校へ進学して、楽しい学生生活が送れたのではないか…。
ifの話をいくらしても仕方ないのだが、悔しかった。
だからこれからは手段を選ばず自分に素直に生きる事に決めた訳である。
そんな琉弥のやる気により、見合いから交際開始迄は早かった。
琉弥は押した。
実はずっと好きだったのだと告げた時、八尋は目を丸くして驚愕を隠さなかった。
八尋にしてみれば、琉弥はクラスどころか学年でもトップクラスの有名人で、キラキライケメンで、自分とは違う世界の人間だと感じていたのだと言う。
そんな同級生が、従姉妹達から好き放題に微妙呼ばわりされる自分に想いを寄せていたなんて、驚き以外に何物でもない。
『もう自分のくだらない意地で諦めたくないんだ。
一生一緒にいたい。
結婚して下さい。』
見合いから数日で求婚されて、八尋は困惑しているようだった。
嫌な気はしないが、直ぐに決めてしまうのは怖いと言って返事を濁した。
『なら、付き合って欲しい。
本気だとわかってもらいたいから、婚約だけでもしたい。
結婚を前提に、付き合って下さい。』
手を握りながら懇願する琉弥に、八尋は言った。
『何故、君のような人が俺みたいなΩに拘るのか、わからない。
君ならどんな相手だって選べるだろうに。』
そうだな、と琉弥も思う。
確かに自分は全てに恵まれていると思うし、その辺にだって八尋より美しいΩはたくさんいる事も知っている。
それでも、琉弥の目に輝いて見えるのは八尋だけだった。
中学生だったあの頃から、今迄ずっと。
『誰でも良くないから、八尋が良い。八尋だけが良い。』
そう言うと、困ったように笑った八尋。
『なら、一年。
それでも君が、俺に飽きなければ。』
その言葉を口にした八尋が、少し悲しげに見えたのは何故だったのか。
その理由を、琉弥はもう少し先に知る事になる。
そんな感じでやっと八尋に付き合ってもらった琉弥は、毎日が本当に楽しかった。
ウダウダと日々こなすだけだった仕事にも身が入り、本気のαの能力の高さは流石で、みるみる結果を出した。
同族会社とはいえ実力主義の会社で、琉弥は最短でのスピード出世を目指した。
八尋の番になる。八尋の夫になる。八尋が伴侶として誰かに紹介してくれる時に、恥ずかしくない立場になっていたい。
琉弥の価値基準の全ては八尋になった。
付き合いが深まる毎に、琉弥は八尋に嵌っていった。
だから、自分と離れていた間の八尋の過去が気になり出して、それにすら嫉妬を覚えてしまうのは、琉弥にとっては至極当然の流れだった。
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