9 破滅に、一歩。(琉弥side)

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9 破滅に、一歩。(琉弥side)

他に人気の無い、地下駐車場。 寒々しく広いコンクリートの空間が琉弥のプレッシャーで満ちていく。 (…別に、お互い様だ、そんなのは…。) 琉弥は心の中で繰り返した。 過去に誰と付き合っていて、体の関係があったかなんて、そんな事いちいち気になんかしないと決めた筈だった。 今、八尋が傍にいてくれる事が重要な事だと思っていたから。 なのに、実際には "八尋の初めての男"、という言葉の破壊力にこんなにも打ちのめされるのは何故だ。 自分はそんなにも処女性に拘るような男だっただろうか? 佐々木が本当の事を言っているかどうかなんて、わからないのにーー。 (…相手にするな。俺は八尋の言葉だけを信じれば良いんだ。) そうは思っていても、イライラは募っていく。 琉弥は佐々木を睨め付けて、それから低い声で言った。 「だから何だ。そんな事、知るか。」 琉弥の発する圧に佐々木はとうとう膝を折った。 「既に番になっている俺と八尋の前に、過去の関係なんて無意味だ。」 平坦な声で告げると、地に手足を付けて俯いている佐々木がくっくっと笑った。 「番、ね。」 こんなにも嫌な笑い方をする男だとは知らなかった、と 琉弥は佐々木を苦々しく見下ろす。 「番なんてのがどんだけ磐石なものなのかなんて知らないですが、俺が八尋にとって忘れられない男なのは確かなんじゃないですか?」 ゆっくりと顔を上げ琉弥を見た佐々木の顔は、やはり歪に笑っていた。 「俺もね、八尋を忘れられないんですよ。」 「…。」 「八尋って、日比谷製菓で働いてるんですね。」 「……ッ」 どういう訳か、佐々木は八尋のその時の派遣先迄知っていた。 薄気味悪さはピークに達したが、佐々木の狙いが何なのかがぼんやりとわかってきた気がした。 佐々木は八尋に接触しようとしているのだろうか。 それなら琉弥に告げずに会いに行けば済む話なのに、何故わざわざそれを告げてくるのか。 「八尋は可愛いですよね。まさかあんなに変わってないなんて思いませんでしたよ。 本当は外になんか出したくないんでしょう?閉じ込めて、誰の目にも触れさせなくないくらい。 αの独占欲って、強烈だって聞きますからね。」 琉弥の答えなどはどうでも良いように佐々木は語り出す。 αに半制圧されているというのに、それにもめげずに自分の話を続ける姿は何処か異様だ。 αならともかく、βやΩはαの圧には耐えられず押し黙ってしまうのが普通だというのに。 そして、この普通ではないβは更にとんでもない事を言い出した。 「俺、八尋が欲しいんですよね。」 「…は?」 琉弥はぽかん、と口を開けた。 こいつは今、何を言ったのだろうか? 番になっているαからΩを奪う?βが? 「…ははっ…ありえない…。」 そんな話は聞いた事が無い。 薄気味悪さや呆れを通り越して、今度は哀れみが込み上げてきた。あまりに身の程知らずな佐々木に。 βに番を結んだαとΩの絆をどうこうできる訳が無いからだ。 知らず、琉弥の口角は上がった。 だが、それでも尚、佐々木の笑みには 心をザワつかせる何かがあった。 こいつは普通じゃない。 普通のβではない。 この男を、八尋に近づけさせてはならないと、何処かで警告音が鳴っているような。 「αの独占欲と、只のβの執着心、どちらが強いんでしょうね。」 「…近づくな。 あいつは俺の番だ。」 たかがβに牙を剥くαなど聞いた事がない。 余裕を失くしている。みっともなく見えてしまうのかもしれない。 けれど、これだけ挑発されては 聞き流すだけではいられなかった。 「…貴方に俺が止められますか?」 佐々木の笑みは更に深くなる。 「俺は、八尋を抱いてる貴方にも興味があります。」 「…何を言ってる。」 「αの力を駆使して、俺の気を八尋から逸らしてみては?」 「……誰が…お前なんか。」 「八尋を抱いた男の体に、興味は無いんですか? ま、俺は八尋さえ…、」 瞬間、琉弥は佐々木の前に屈み、煩い顎を掴んでその唇を塞いだ。 八尋の名をこれ以上佐々木の口から聞きたくなかった。 (コイツを抑えなければ…。) たかがβの口車に乗せられて、琉弥はまんまと破滅的な関係に足を踏み入れてしまった。 自分が盾になる事で、八尋を守れるのだと信じた。 その愚かな判断が、後にどれ程のダメージを自分に与えるのか、予想もしていなかった。
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