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桜の季節に紫陽花の
──それは、明確な恋でした。
小学校に入学したばかりの僕は、その一瞬で人生初のときめきを知ることになります。
(あ、ぱんつ)
すれ違いざま、運命の桜風が彼女の制服のスカートを巻き上げました。
桜の季節に、まるで紫陽花のような蒼の三角地帯が目に飛び込んできて。
(おねえさんのぱんつ……)
でも誤解しないで下さい。そのトライアングルにときめいたんじゃありません。ぱんつなんて幼なじみの夢ちゃんで見飽きていましたし。
ソレではなく、風を孕んだスカートが落ちるより先に僕を一瞥した瞳。
『…………』
『……』
その目は僕を映しながら何も見ていません。彼女にとって僕は歩道の縁石と同じ、ぱんつを見られたところで恥ずかしくもなんともないただの物体。
彼女に恋をしたのは、その涼やかな目で見られた時です。
そのおねえさんが一年後、母の再婚で本当に僕の義姉になるとは。人生、何が起こるかわからないものです。
──そして俺と彼女……紫陽子は、義姉弟という望まない形で縁付いてしまった。
当時、紫陽子は中三、俺は小ニで歳の差は七つ。全てにおいて彼女は完全なる大人だった。それでも……。
”ショーコとケッコンしよう、今すぐオトナになって♪”
賢い僕はその手段を考えつきます。
「ママぁ、ダンボールがほしい」
台所に行くと、夕飯の用意をしていた母が眉をひそめました。
「そんな物、どうするの? 未来」
「タイムマシン作るの」
名付けて「みくる号」。それで自分だけ未来に行って歳を取れば良いと本気で信じていたのです。
「ふふ。段ボール箱ならちょうど玄関に出してあるわ」
自分の部屋に運び込んで切ったり貼ったり。器用な僕は小一時間で部屋のドアを塞ぐほどの大きなタイムマシンを作りあげました。あとは搭乗して「十年後!」と叫べばいいだけです。
その時。
「みくるー! ご飯だっつの」
いきなり当のショーコさんがドアを開け、グシャ!とイヤな音をたてて僕のタイムマシンを壁に圧し潰してしまいました……。
──あの時のショックは今でも俺の記憶に鮮明に残っている。
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