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さて、どうしたものか。
とりあえず『例の消しゴム』はポケットに仕舞い込んだけれども。
大した物ではない。大学のコンビニでも普通に売っている、1個100円とかそんな程度の安物にすぎない。
が……『無くした』というのも気分が悪かろう。そういう100円は得てして惜しいものだ。
ならば届ければいいのか? 門のところで待っていて。
私が構内に入るのとカズキ君が出てくるのはほぼ同じ時間帯だ。彼は気付いていないようだが、たまにすれ違うからそれは知っている。
だから、少し早めに行って待っていれば。
「……仕方ない。少し面倒だけど、そうするか」
そう独り言を呟いたとき、心の中で何かがドキリと反応した。……分かったよ、そうすればいいんだね?
バイト上がりの時間になってから、大学の門の傍で待ってみる。さていつもならこの時間なのだが……。左手首の時計をちらりと伺うのと、向こうからカズキ君がやってくるのは同時だった。
「こんばんわ」
目の前に立ってちょこんと頭を下げると、カズキ君はきょとんと目を丸くしていた。「誰?」というように。
「ん? ああ、そうか」
口からマスクをとり、大きな黒縁の眼鏡を外す。すると。
「あ……もしかして、あの喫茶店の!」
『変装』を解いて、やっと気付いてくれたようだ。
「……うん」
ポケットから『例の消しゴム』を取り出してカズキ君に差し出すと。
「あ、それ! そうか、喫茶店に忘れていたのか。わざわざ届けてくれたの?」
意外な、というように少し戸惑いながら消しゴムを受け取った。
「……何か言うことはない? 私に」
そう言って意地悪に微笑むと。
「そ、そうか。『ありがとう』」
恥ずかしげに頭を掻きながら、小さく頭を下げてくれた。……ああ、背が高いなぁ。
「じゃあ。私は今から講義だから」
カズキ君を置いて足を踏み出すと、心の中で『私』が『もう少し、何かを』と縋ってきた。
「……ああ、そういえば」
足を止め、カズキ君を呼び止める。
ええっと、何を言ったらいいんだろうか。
「あのね。ウチの喫茶店、コーヒーも美味しいけどホットチョコレートが案外イケるの。今度、試してみて」
……何か宣伝みたいだけど、他に話題があるでなし。
「ありがとう。今度、そうしてみるよ」
爽やかに笑って、カズキ君は手を振ってくれた。
そして、次の金曜日。
カズキ君は少し照れながらも、忘れることなく「ホットチョコレートを1つ」と注文してくれた。
ゴメンね。
私、ひとつ大事なことを言って無かったよね? ホットチョコレートって1杯850円で、チョコっと高いの。店の売上に貢献してくれてありがとう。
そして、それが切っ掛けになって。
私とカズキ君が『和樹君』『聡美ちゃん』と呼び合うまでには、さほどの時間を要しなかった。多分、もっと前から互いに意識していたのだろう。
……素直じゃないんだから、まったく。
だが『私の秘密』をどうしようか。残り僅かなこの生命……最後は黙って消えて行くしかないのだろうか。
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