3人が本棚に入れています
本棚に追加
手を振る母と別れ、
本来なら次の駅は
あの桜のトンネルを潜る吉住駅。
なのだが……、流れたアナウンスは『立ち止まり駅』だと、言いやがった。
何考えてんだか、父さんは。
そう思っていた途端、目の前に開けた桜のトンネル。
その中に列車が吸い込まれていく。
一瞬時が止まる。
列車は走る。
そこには、車窓一面に淡いピンクのカーテン。
私はこらえきれなくなった。
あぁ、分かった。
何か悩みがあるたびに、
私がこの駅に立ち寄るのを父は知っていたのか。
特にこの桜吹雪が舞い散るこの駅は、
自分の心をありのままにさらけだせる。
町を出ようと一人立ち止まって考えたのも、
この吉住駅のホームだった。
その駅のホームに列車が桜と共に舞い込む。
父と一緒に駆け抜けた
私の十八年間の沿線。
静かに吉住駅を後にし
列車は私の町に刻一刻と近づく。
鳴りやんだと思っていたアナウンス。
その時だった。
再び、車内に聞こえてきた
今度は震える父の声。
「もうすぐ終点の南木駅です。通称、始まりの駅です。」
__えっ?
「人生もこの沿線のレールと一緒でございます。
迷って、寄り道して、そして立ち止まって。
でも、又そこから走り出す。
この先の人生いろんなことがあると思うけど、
一歩ずつ自分のレールを見つけてこれからも
歩いて行ってください。
茜、卒業おめでとう。」
父は最後の最後まで公私混同で列車を利用した。
でもそのアナウンスが終了した時、
なぜだがわからないが、
私の頬を一筋の涙がつたっていた。
最初のコメントを投稿しよう!