一.痛い人

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「お前は高校生になっても、親離れできないのか?」 高校二年まで、ずっとそうからかわれ続けた。 同じ町で一緒に育ったあいつに。 通学中の列車の中。 今日も車両に揺られながら、そう言ってにやける勇太の顔が 小気味よく上下に動き、本当に腹立つ。 「うるさいわね!もう、そのいじり方やめてよね。」 私が生まれ育った町。 季節を十分に感じることができる四季折々の山々に囲まれた町。 いや、この表現は少し美化しすぎかもしれない。 正直に言おう。 何もない町。 変わらない町。 変わらない人。 一言でいうと、過疎化が進んだ、 今にもなくなりそうな町。 簡単に言えば「ザ・田舎」だ。 そんな田舎から遠い高校に通う列車に、いつもあいつはいる。 友人というか、悪友というか、幼馴染というか。 向こうも私のことをめんどくさい奴だと 思いながらも付き合っていると思う。 そいつの名は小倉勇太(おぐらゆうた)。 そんな勇太は昔、豆っコロのように、体が小さかった。 この私よりもだ。 でも、高校三年にもなると、体も態度も、 いつの間にか私よりも大きくなった。 そして、いつものあの冷やかしのセリフ。 「お前は高校生になっても親離れできないのか? いつまでも親の運転で高校に通うなんて、甘えている証拠だそ。」 ___あーめんどくさい。 ケタケタと笑うその声が、誰も乗車していない、 くたびれた車両内にこだまする。 「しかたないでしょ!この列車でしか高校に通えないんだから。」 私の怒声を聞いていないふりをして、 「着くぞ。」さらりと勇太が言い放つ。 私達二人だけを乗せたローカル線は、 大きな汽笛を鳴らし、終着駅のホームに滑り込んむ。 窓から見える景色が、やっと田舎から都会に変わった。 まぁ、都会と言っても私達、田舎者からしたら、そう見えるという事だ。 列車から吐き出される 無機質なブレーキ音。 扉が開き、ホームに降り立った瞬間、 一両編成の車両の前方窓から 顔を出す人影が見えた。 「おーい、気を付けていってこいよ!勇太、娘をたのんだぞ!」 「はーい、おじさん、かしこまりました!」 けっ、二人して敬礼の真似なんかコミカルにして……。 「さぁ行くよ!」 私は、手に持ったカバンをわざと、勇太のおしりにぶつけて そそくさと歩き出す。 「おい、茜、お父様に行ってきますは?」 駆けてくる勇太の声に耳をふさぎ、全速力で駅構内を駆ける。 そう、自分の名誉のために言おう。 もちろん私は親の運転のもと、高校二年間、遠い距離を通った。 そう、私の父が運転する、ローカル線 さくら号で。 高校の行きも帰りも父と一緒。 厳密には父が運転する列車と一緒。 仕方ないじゃん。 私が生まれた町から高校に通うには それしか手段ないんだから。 勇太のバーカ。 頭を切り替えて、改札口を出ようとした瞬間だった。 記憶から抹殺していたBGⅯが駅構内に流れ出す。 私は瞬時に顔を赤らめて一目散に逃げるように走り出した。 そんな様子を遠くから見ていた、勇太の笑い声が再び聞こえる。 ___父さん、一つ質問です。 公共交通機関を公私混同していいんですか? 過疎化、人口減少、列車の老朽化。 この三つのラインナップを揃えているのが、私の町。 私の町のローカル線 さくら号。 言わずもがな何度も廃止の危機に陥った。 そんな時、ある男が地域活性化のために作った列車の歌 が起爆剤となる。 それが一部メディアに注目され、 地域住民を巻き込んで 一難を乗り越えた。 その歌を作ったのが私の父。 それを歌っているのも私の父。 それを駅構内で流しているのも……、 うん、残念ながら私の父……。 何という公私混同の鉄道マン。 若い頃ミュージシャンを目指して、 あえなく撃沈。 そして、故郷に帰ってきた三流ミュージシャン。 それが、人呼んで私の父。篠塚 光一(しのづか こういち)。59才。 あっ、いけない。 何だか空しくて泣けてきた……。
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