一.痛い人

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一.痛い人

 私には父親がいない。 あっ、でも亡くなったとか そういう訳ではないから心配しないで。 今、傍にいないというだけ。 うん、ただそれだけ。 今年、父さんは春風と共に旅に出た。 私が高校三年に進級する春と同じくして。 「俺を待っている列車の汽笛が、 遠くで俺を呼んでいるぜー。」 とか訳分からない事を言って。 あぁ、このおっさんはいつまでも、 少年の心を持ったというか、 何というか、というか……。 そう冷めた目で見ている私に気にもせず熱く語っていた父。 片や母さんはというと、目を潤ませ、 「きっと、又あなたならできるわ。」 とこちらは、少女のような瞳で父を応援する始末。 「おうよ、少しの辛抱だ。お前たちと離れるのは寂しいが。」 父の話によれば、 今にも廃線になりそうな地方のローカル線を活性化させるため、 ある鉄道会社からお呼びがかかったんだと。 名誉のヘッドハンティングだ。 そう鼻息荒く語っていた。 そんな父の仕事は鉄道マン。 鉄道マンと言えば聞こえはいいが、 私が生まれ育ったこの町の、 廃線の危機を何度も乗り越えた ローカル線の乗務員。 それをけなげに応援する母、宏子、57才。 今も、そんな父の事が大好きだという、 なんともめでたい性格。 そして、そんないつまでも青春一直線の両親の間に 生まれ落ちた一人娘が 私、篠塚 茜(しのづか あかね)。高校三年生。 まぁ、私は、自分で言うのも何だが物事を冷静沈着に考える。 列車のように突っ走る両親だけに、 それを制御する役割として 自然と身に付けざるを得なかった性格だと 理解してほしい。
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