第四章 うーさんとクマさんと私の生活基盤 3

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第四章 うーさんとクマさんと私の生活基盤 3

「アンダー農園?」  思いっきりそのままなネーミングセンスは、クマさんっぽい気がするけど、そこは一旦スルーするとして、アンダー農園ってなんだろう? まあ階段もあるし、確実に地下に降りていくし、名前もアンダー農園だしで、地下にある農園というのは確定だと思うんだけど、そもそもそんなこと可能なのかな?  太陽光なしで畑って成立するの?  私はそんな疑問を浮かべながらも、先に階段を降り始めたクマさんに続いて降りていく。ほんの二十段ほど降りただけで、開けたスペースに出る。中は思ってた以上に明るい。天井には電球が無数に取り付けられ、このフロア一帯を煌々と照らしている。  今いるフロアには小麦が植えられていて、見渡す限り広大な小麦畑が広がっている。  地上に作られている大根畑の数十倍はある。考えてみればトーストとかもあったから、ここで小麦が取れてないとおかしい。  畑の随所には、この前作成していたスプリンクラーの先端が設置されていて、そこから水がブンブン飛び出している。 「あれってこの前作ったやつだよね? どうしてここにもあるの?」  この前切ったばかりの木から作った道具が、どうしてこんなにたくさん、しかも結構昔から使ってたような雰囲気を出しているのか謎だった。 「どうしてって、結構昔に作ったからだよ?」 「じゃあ前にも水の木があったの?」  水害で家族を亡くす人は一定数いるだろうから、可能性としては無くはない。しかしクマさんの答えは、私の想像を遥かに越えてきていた。 「うんうん。木はあの一本だけ。また育ったから切ったの」  うん? 育ったからまた切った? 一回切ったら終わりじゃないの? てっきり想いが詰まってるとか言うから一回だけだと思っていた。 「じゃあまた時間が経てばまた伸びてくるの?」 「そうだよ。だって僕は根っこは残してあるもん。切り株からまた生えてくるさ」  どうやら文字の森の木達の成長速度を、普通の木と同じ風に考えない方が良いということは理解した。ただでさえ不思議な木なのだから、今さら成長速度がどうとか言ってる場合じゃない。 「僕がそう簡単に、死んでいった人の想いを切り捨てるわけないでしょ?」  クマさんはいつもと同じようなのんびりとした口調のまま、そう言った。  クマさんのこういうギャップはずるいなと思う。いつも何考えてるか分かんないような癖して、こういう時に同じトーンで良いことを言うのだから厄介だ。これでクマさんがイケメンの美男子だったらファンが出来てしまう。  しかし残念ながらクマさんはクマさんなのでファンはおらず、この文字の森でのんびりと管理人をしているのだ。だからせめて元持ち主だった私ぐらいはファンでいてあげよう。私が過去に捨ててしまったせいなのかは分からないが、それでも私が捨てなければこうして意志を持つこともなく(もしかしたら意志があったのかも知れないが)私の部屋にずっといたはずなのだ。 「それもそうね」  私はそうしてクマさんよりも先に行く。まだまだ下に階段は続いている。小麦畑だけでは飽きたらず、様々な畑が用意されているようだった。  クマさんの案内の元階段を下り続けると、本当にありとあらゆる食料が植えられている。正直ここで採れる物だけで、スーパーが開店出来そうなぐらいには品数豊富だ。それも本当に畑で採れるの? という物まである。  だからコテージの冷蔵庫には、あれだけ多種多様な食材が詰まっていたのか。不思議には思っていた。契約書によって文字の森から抜けることは出来ないし、仮に契約を破って外に出られたとしても、文字の森の外側には富士の樹海が広がり、その外に行ってようやく人里だ。  ちょっと買い物行ってくるという気軽さでは決してない距離だ。通販でこの場所に届くとも思えない。だから不思議だったのだが、ようやく分かった。このアンダー農園が全てを解決していたのだ。 「今までは収穫時期になったら、食べられる分だけ採ってたんだけど、人間である文香が来たからにはもう少しバランスの良い生活をしようと思ってね~僕たちはぬいぐるみだから別にそんなに気にしないけど、文香は人間だし女の子だし」  クマさんが急に何かを説明しだしたかと思ってよく聞いてみると、どうやらうーさんに食糧庫を作ってもらうことにした理由を説明しているようだった。たまに唐突に話を始めるから分かんないことも多いのだ。 「そっか……ありがとう」  何だかんだ私のことを考えてくれているクマさんが愛おしくなって、思いっきり抱きついた。  懐かしい感覚。子供のころに抱きついていた時の記憶が蘇る。動いていても、話していても、木を切っていても、ハチミツを食べていても、クマさんはやっぱりクマさんで……どこまでいってもぬいぐるみなわけで……。  突然抱きつかれたクマさんは驚いて一瞬フリーズするが、すぐに私を包んで持ち上げる。そしてそのままお姫様抱っこのまま地上へ向かっていった。  翌朝、再び私達は大根畑の脇にあるアンダー農園入り口に集合していた。そこにはうーさんが、THEダイナマイトと一目で分かる赤い筒状のものを持っていた。これがうーさん特有の能力、繰り返し使える爆弾だ。説明によると爆発したら手元に戻って来るらしい。 「じゃあまずはここかな?」  クマさんは早速一階にある小麦畑のあるフロアの壁を指さした。 「こんな上層で良いのか? 下の方に作った方が……」 「え!? 何言ってんの? 全部のフロアに作るんだよ?」  うーさんはクマさんの答えに絶句すると、手にしたダイナマイトを岩壁に向って投げつける。ダイナマイトが岩壁にぶつかった瞬間、凄まじい爆発音と振動がアンダー農園に響き渡る。  そして爆発して開けたスペースを、私とクマさんが箒で掃除する。 「あと何フロアだっけ?」  うーさんはさっきまで絶句していたはずなのに、もう自分のペースを取り戻していた。付き合いの長さ故か、クマさんのこの感じに慣れてしまったのかも知れない。  その日は一日がかりで各フロアに食糧庫を作り続け、アンダー農園は夕方まで爆発音に包まれていた。
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