第六章 キツツキのきーさん 1

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第六章 キツツキのきーさん 1

 きーさんがクマさんの指示で、フルタイム勤務に近しいほど時間、件の木を突っつきまわしているお陰で、日没と同時に木が私の背丈辺りからぽっきりと折れていった。そこにいたるまできーさんは一度も休憩せず、八時間弱にもおよぶ長時間、一心不乱に突っつき続けていた。  これは労基違反なのでは? 私の頭の中で、この「限界会社文字の森」のブラック企業化が叫ばれている中、最後までやりきったきーさんは「ふぅ」と一息入れると、その場に崩れ落ちた。 「きーさん!?」  私は慌てて駆け寄り、きーさんを抱き上げる。気を失っているきーさんをよく見てみると、深刻なダメージがあるわけではなく、単に睡眠タイムに入っていた。だから安心というわけではないのだが、とりあえずホッとした。 「クマさん」 「え?」 「ちょっとお話があります」  私はきーさんをうーさんに預け、クマさんに近寄る。 「どうしたの文香? 顔が怖いよ?」  クマさんはなんで私が怒っているのか、分かっていないらしい。そうそういつもそう。クマさんはいつも無自覚。悪意が無い分マシだけど、悪意が無い分質が悪い。 「いいからとっととコテージに戻るよ!」  私はうろたえるクマさんの手を引きながら、コテージに向かう。一歩遅れて歩くうーさんの、心配そうな視線が背中に突き刺さるが、そんな些細なことは意に介さず歩き続けた。 「ではこれより裁判を行います」  私達はきーさんをベッドに寝かせた後、クマさんとうーさんと三人で裁判を開始した。裁判といっても罰を決めるわけではなく、今後の「限界会社文字の森」の労働環境について決めて行こうという話だ。 「それでは代表取締役のクマさんに伺います! キツツキのきーさんを八時間もの間、休憩も取らせずにぶっ続けで働かせたというのは事実でしょうか?」 「はい……事実です」  クマさんは事の重大性が分かっていないのだが、私の雰囲気に押されて神妙な態度をとっている。役者でも目指せそうなクマさんだ。 「クマさん……これはいつも行われていることですか?」 「はい……悪い者が出現した際にはいつも行われています」  クマさんは役になり切ったのか、しゅんとした表情で答弁する。ここまで悲しそうな顔をされると、私の方が罪悪感で胸が痛くなるのだが、ここは我慢だ。ここで何とかしないと、いずれきーさんが癇癪を起こすかもしれない。 「きーさんが一心不乱に突っついてる間、あなたはブルーシートを引いて、ハチミツを食べながらくつろいでいましたね?」 「はい、そうです……」  返答の声量がみるみる下がっていく。あの大きな体からは到底考えられないことだ。本当に申し訳ないと思っているのか、この場の空気に飲まれているのか、それか私が怖いからそういう態度をとっているのか釈然としない。 「えっとねクマさん。今のこの文字の森のやり方だと、人間の世界ではブラック企業って言われるんだよ?」 「ぶらっくきぎょう?」  クマさんは完全に知らない単語らしい。たぶん彼の脳内では、黒い何か程度の認識しかされてないと思う。 「簡単に言うと悪い会社」 「あ~分かったぞ。文香は僕がきーさんに長い時間働かせて、それでいて休憩も与えず、なおかつ自分はハチミツを食べながら、ブルーシートの上でくつろいでいたのを怒ってるんだな!」  クマさんは納得! といった様子で手を叩く。それを見て呆れるうーさんと私。気づくのが遅い。というよりなんか最初から分かっていたけど、あえて言わなかっただけのような気もする。まあどっちにしろ、改善することに変わりは無いのだけど。 「理解した? だったら……」 「でもあれはきーさんの全自動ハンマーだから大丈夫だよ? 疲れないって言ってたし」  やっぱりクマさんはクマさんだ。本当に天然で人を陥れるクマさんだ。そうでした。私やうーさんと違い、きーさんのあの突っつきを特有の能力と勘違いしてるんだった。  私は咄嗟にうーさんに助けを求める。うーさんと目を合わせると、彼は瞳を逸らした。  うん。分かってた。うーさんはそうだろう。何せこの誤解を解かなかったのは、うーさん本人だ。誤解を解くべきだと思っているなら、とっくに解いているはずだもの。仕方がない。おそらくうーさんは、純粋なクマさんが、実はあれがただの根性だと知ったら相当落ち込むだろうと気を使っているのだ。  だけど私は喋るよ? どんなにクマさんが落ち込もうと、ちょっと変わったクマさんに人間のことを教えるのは私の仕事だから。クマさんとの契約だから。それにこのままだときーさん、いつの日か嘴無くなっちゃいそうだし……。 「あのねクマさん。これは非常に言いにくい事なんだけど……」 「え? 何? 告白?」  なんでそうなるのかなこのクマさんは……。もういい。今は相手にしない。いちいち相手にしてたら話が進まない。 「きーさんのあの長時間の突っつき、全自動じゃなくて全手動だって。つまりきーさんの気合い。あれは能力でも何でも無くて、ただただ一心不乱に突っついてただけ」  バタン!!  私が真実を伝えた瞬間、クマさんの茶色い顔が徐々に青ざめていき、そのままひっくり返ってしまった。 「ちょっとクマさん!?」  私とうーさんが焦ってクマさんに近づくと、彼は青い顔をしたまま気を失っていた。 「相当ショックだったんだな……」  うーさんは複雑な面持ちだ。  クマさんはちょっとズレてるだけで、根は勿論良い子だ。私のぬいぐるみだったのだから当然だが、今でもそれは変わらない。そんなクマさんが、意識的であれ無意識であれ、仲間のきーさんに無茶な労働させていたという事実に耐えられなかったのだろう。 「とりあえずクマさんの部屋から毛布持ってくる」  即座にうーさんと私でクマさんを運ぶという選択を諦め、私はクマさんの部屋に走ったのだった。
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