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第一章 死にたがって家を出てみたけど…… 1
もう結構歩いたと思う。運動嫌いの私にしては頑張った方だよね? 結構しんどいんだな、自殺って……。
私の家庭は急遽崩壊した。三ヶ月前に父が交通事故で亡くなり、それによって金銭的にも精神的にも追いつめられていった母は、今年の春に女子高生になったばかりの私を置いて自殺を選んだ。
そして今私が何処にいるのかというと……ここはどこだろう? 確か母が命を捨てた自殺の名所、富士の樹海にやって来たことは憶えている。
私はずっと母親が大好きだった。そう”だった”だ。まさか私を見捨てて、先に死ぬことを選ぶなんて思わなかった。
母の自殺を知ってから一週間、私は泣き続けていた。せっかく受かった高校にも通わず、ずっと一人で部屋に閉じこもっていた。そんな時ふと、私も死のうかな? そんな考えが浮かんだ。特に仲の良い友達なんていないし。唯一の親友だった美香ちゃんとは、小学校の時に喧嘩別れをしてから会っていない。どこでどうしているのかも知らない。
中学校時代は、ずっと趣味の裁縫と読書漬けの毎日。当然目も悪くなり、今では眼鏡も手放せない。お母さんが私の黒髪を褒めるから、ずっと髪を染めることもなく、真っ直ぐに伸ばしていた。
そんな私が死に場所として選んだのは、大好きだった母が選んだのと同じ森。富士の樹海。ネットで自殺の名所と打てば、間違いなく上位にやって来る日本屈指のスポットだ。
ちょっと観光地っぽい紹介の仕方をしてしまったけど、別に良いよね? これから私が永眠する土地だし、少しくらい良く言ったって許されるよね?
「一体ここは何処なのかな?」
私は改めて独り言を漏らした。言ってもここは富士の樹海のどこかなのだから、帰ってくる返事は死者からのメッセージぐらいのもの。
ちゃんと死ぬつもりでここに来たので、結構お洒落をして家を出たのに……中々綺麗な死に場所が見当たらない。どうせ死ぬなら小説のように綺麗に派手に壮大に死にたい! 一生に一度のチャンスなのだから、そこはこだわりたい。
私が死んだあと、誰に発見されるか分からないので、誰に見られても恥ずかしくないように、買ったばかりの黒い(ちょっと喪服をイメージしてみました)フリル付きのワンピースを着てこの森までやって来たのだ。
「携帯も使えないし、どうなってるのかな?」
私は携帯のマップを開くも、何故だか電波が届かない。もしかして心霊スポットだから? それとも単純に森の中へ行き過ぎたから? 分からないけど私の求める完璧な死に場所が見つからない以上、探し回るしかない。
「ちょっと休憩しようかな~」
私はそう言って近くにあった切り株に腰を降ろす。森に入ってから三時間ほど歩き回った。普段から運動をしていたわけではない私の足は、棒のように真っすぐになっている。もう歩けない。喉も乾いた。すぐに死ぬつもりだったから何も持ってきてないんだよね。
「……なんで切り株があるの?」
軽く十五分ほど切り株に座って休憩した後、そんな疑問が湧いてきた。だってそうじゃない? ここは電波も届かない自殺の名所、死者の楽園、富士の樹海。そんな森の奥地にどうして切り株なんて置いてあるのかな? 変だよね? 切り株って、誰かが切らないと切り株にならないよね?
私は急に怖くなって立ち上がる。ここには誰もいないはずなのに切り株がある。こんな森の奥底に誰かが生活しているの?
まあ怖がってても仕方がない。私は死にに来たはずなのだから、今さら怖がることなんて何にもないのだ。
「なんかあの奥、明るい」
私の視線の先には、同じ森の中でも一際明るい空間があった。茂みの隙間からちらちらと木漏れ日が射している。この富士の樹海は、木々がどれも立派で、そのせいか地面にまで充分に陽光が届かない。薄暗くてジメジメしている。
私がここを死に場所としないのは、それも理由の一つなのかもしれない。せっかくならもっと明るい所で一生を終えたい。
そう願い、私は木の根が隆起した地面を注意深く進み、木漏れ日が射す明るい空間に向かって歩を進める。蜘蛛の巣を躱し、顔に集るハエやら何やらを手で払いながら、茂みを掻き分ける。
茂みを抜けた先には、さっきまでのジメジメとした雰囲気は無く、頭上には枝葉も無い。日光がキッチリと地面にまで届き、キノコの代わりに草花が生え、一面原っぱとなっている。
「何……ここ?」
私は予想以上に明るく、開けた大地にやってきてしまって困惑している。もうここは森ではなく、草原と言った方が正しく伝わる。
後ろを振り帰れば、ちゃんと富士の樹海は広がっている。
なので、良くある小説みたいに、急に変なところに飛ばされたわけでも、実は私はすでに死んでいて、異世界に飛ばされているというわけでもなさそうだった。
「眩しいな……」
私は目を細めながら、ゆっくりとこの明るく照らされた大地に踏み出す。これだけ明るければ、私が一生に一度の自殺というイベントをこなすには申し分ない。むしろ最適ともいえる。
そうして歩くこと十分少々。だだっ広い平原の奥に、また森が見えてきた。ただ遠目からだと、生えている木々は富士の樹海程ではない。それほど高くも太くも無く、しかしちょっと歪な形に折れ曲がっているようにも見える。
「富士の樹海の中に草原があって、その中にまた森があるなんて、聞いてないんだけどな~」
まるでマトリョシカの様だと思う。これであの森の中に何かがあったら、それはそれで面白い。私は自殺のことを忘れて、好奇心に身を任せ、遠くに見える森に向かう。
森の目前まで進んでいくと、森の入り口には木で出来たアーチ状の門が設置されていて「文字の森」とだけ書かれていた。
「文字の森? さっきの切り株といい、絶対に誰かいるよね?」
私は不思議に思いながらも恐る恐る門を潜り、文字の森とやらに入っていく。
文字の森と書かれてはいたが、森と言えるほど木は密集していない。しかし文字の森という名前の通り、生えている木々達は、見ようによっては文字に見えなくもない程にねじ曲がっていた。
「変な森……」
私はそう感想を漏らし、文字の森を進んでいくと、森の中に白い白樺の木で作られたコテージのような建物が目についた。
「これで人が住んでいるのは確定ね」
それにしてもどうしてこんな場所に? どうやって生活してるのかな? 買い物も出来ないだろうし、電波も届かない。
私は流石にドアノブを回す勇気が無かったので、とりあえずコテージの周りを一周してみることにした。もしかしたら反対側に庭でもあって、そこにコテージの住人がいるかもしれないし。
そう思ってコテージの反対側まで回り込むと、そこにはコテージと同じく白い白樺の木で造られた、私の膝くらいの高さの柵が立ち並んでいる。そしてその内側にあるベンチでは、人型の何かが寝転んでいた。
「誰かな? 人……だよね?」
むしろ人型なのだから人に決まっている。そう思い込み、白樺の柵を乗り越えてベンチに横たわる何者かに近づいていく。
「あの~すみません」
私がベンチの正面に回り込むと、そのまま衝撃で言葉を失った。
だってしょうがないよね? ベンチでぐーすか寝ているのが、余りにも想像の斜め上だったんだから。
言葉を失った私の目の前には、大きなクマさんが気持ちよさそうに両手を頭の後ろに回して眠っていた。
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