第三章 鍵を作る。大根好きなあいつが来る。 1

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第三章 鍵を作る。大根好きなあいつが来る。 1

 翌朝、私がコテージの二階にある寝室で目を覚ますと、ベッド横にある小さな窓から、朝の日差しが寝室を明るく照らす。確か昨日この部屋に案内されたんだっけ? 契約書にサインした後、クマさんは嬉しそうに私をこの部屋に案内してくれた。  見渡せば、今私が座っているベッドのちょうど反対側にドアがあり、そこから時計回りにクローゼット、本棚、小さなテーブルとイスのセットが続く。壁には所々にコルクボードが掛けられているが、そこには何も貼られていない。これから私が貼っていくことになるのかな? 「お腹も空いたし、もうクマさん起きてるかな?」  私が枕もとの目覚まし時計に目をやると、時刻は午前八時を回っていた。  ゆっくりとした仕草でベッドから立ち上がり、軽く伸びをする。窓から文字の森を覗くと、本当にさっぱりとした気持ちになる。  昨日まで自殺しようとしていたとは思えないな……。それくらい今の心の内はスッキリとしていて、晴れやかだった。 「クマさ~ん! 起きてる~?」  私は愛しのクマさんの名前を呼びながら、階段を降りて行った。  私とクマさんは一階で朝食を済ませ(私はトーストで、クマさんはハチミツオンリー)庭に来ていた。 「何をするの?」 「うん? 昨日切ってきた木で鍵を作るんだよ。変なのが入ってきたら嫌だもんね」  クマさんはそう言って、昨日切ったまま放置してある木の真ん前に座り込む。  私も後に続いてクマさんの背中越しに手元を見つめると、小さなナイフで木を削っている。  これが鍵になるのだろうか? そのままなんとなく眺めていると、徐々に形が整ってきた。形状は南京錠の形をしている。 「これで完成!」  クマさんは完成した南京錠(ただの木)を持ってはしゃいでいる。私にはただの図工にしか見えないが、彼からするとれっきとした南京錠らしい。 「それで完成?」 「これで完成」  私は疑いの眼差しをクマさんに向けるが、全く気がつく様子もない。どうやら本当に南京錠を作ったつもりになっているようだ。 「じゃあ取り付けるよ~」  クマさんはスキップをしながら、白樺の木で造られた柵の出入り口に南京錠を近づける。するとまさかの事態が発生した。  なんと、ただの木を削っただけの南京錠が一瞬だけ光ったかと思うと、次の瞬間には立派な金属製の南京錠に様変わりしていた。 「うっそ!?」 「何をそんなに驚いてるの?」  クマさんからすると、私の驚き方のほうが不思議らしい。  クマさんから、何言ってんのコイツみたいな視線を感じるがちょっと待って欲しい。確かに昨日ここの説明は受けたし、なんなら契約書にサインもしたけれど、いくら特殊な木だとかなんとか言われたって、そんな簡単に木が金属になるものなのか? 「本当に鍵がかかってる……」  私は半信半疑で鍵を触るが、本当に鍵として機能していて素手では開きそうにない。これがこの森の木の特徴?  「もしかしてここにある物は、全部クマさんのハンドメイド?」 「そうだよ~僕のハンドメイド。勿論目的に合った木が見つかればね」  クマさんは自分の功績が認められてうれしいのか、声が弾んでいる。全部ハンドメイドとは恐れ入った。確かにあの契約書の感じだと、ここから外には出れないし、ここまで業者がやって来てあのコテージを建てたとは考えにくい。  そうなるとあのコテージもクマさんの手作りということになる。 「この後はどうするの?」  とりあえず昨日話していた要件は片付いたのだから、この後の予定を聞く。この文字の森の管理人の仕事とやらを見せてもらおうかな? 「そうだね~ちょっと散歩でもしようか」 「散歩?」 「そう散歩」  それだけ言うと、クマさんは私を置いて歩き出す。ペースはゆっくりだが、それでもキビキビと歩いている。 「ちょっと待ってよ!」  相変わらずマイペースなクマさんを追って歩き出す。よく見るとクマさんは、腰に小さなウエストポーチをぶら下げている。一体何が入っているんだろう? 私はそんなことを考えながら、後をついて行った。 「この木なんて良いんじゃないかな~」  クマさんは一本の木の前で立ち止まる。  その木は見ようによっては「水」に見えなくもないが、流石に違うかな? 「これは何の文字だと思う?」  クマさんは昨日に引き続き、私に尋ねる。何か試されているような気もしなくもないが、気にしたって仕方がないので、私は素直に答えることにする。クマさんの行動に理由を求めたところで、あまり意味がない。というより、本当にただの気まぐれだったりしそうだ。 「水? ちょっと無理があるような気もするけど」 「ピンポーン!」  私の回答に満足したのか、クマさんはどこからかあの巨大な斧を持ち出した。 「それも切るの?」 「そうだよ。ちょうど欲しかったんだよねこの木」  クマさんはなんの躊躇もなく斧を横一線に薙ぎ払い「水」の木を切り倒した。後に残ったのは切り株だけ。クマさんは切り倒した木を片手で掴むと引きずるように歩き出す。方向はコテージへの道ではなく、別の方角だ。 「帰るんじゃないの?」 「まだ見回りの途中だからね」  私の質問にクマさんは見回りだと答える。どうやら散歩=見回りらしい。それにしても何を見るのだろう? 今みたいに欲しい木を探しているのだろうか? それとも何か別の理由? 「あ~この木はそろそろだな~」  クマさんは一本の大木の前で足を止めた。  デカい……私は素直にそう思った。この文字の森の木々は、文字の形状をしているためか、そこまで大きくない。バランスが悪すぎるが故に、一定以上育つと倒れてしまう。それを木が自覚しているのか分からないが、とにかく育ちすぎている木はほとんど無い。  しかし目の前の木はそうではない。その太さはクマさん二体分、高さはクマさん五体分。クマさんで換算するとそれくらいの大きさだ。そしていくら凝視しても、ただの木にしか見えなかった。 「これって文字なの?」 「これかい? これはもうすぐ悪い者を排出しちゃう木だから、文字は失ってしまっているんだよ」  クマさんは物悲しい目で大木を見つめている。  前にクマさんが話していた悪い者。お化けの類。ここの木が育ちすぎるとそうなると言っていたが、それがこの目の前にある大木ということらしい。 「ここまで育つと恨みの念が強すぎて、それ以外の想いを失っちゃうんだ。だから文字の形を失う。自分が何を想っていたのかを忘れるんだよ」  それだけ説明した後、ウエストポーチから大きなスプレーを取り出した。 「何に使うの?」 「とりあえず目印と封印」  クマさんは中腰になりながら、スプレーを片手に大木の周りをぐるっと一周する。一周しながら地面に黄色いスプレーをかけて、大木を囲っていた。 「もう一周」  今度は違うスプレーをウエストポーチから取り出し、もう一度大木を一周する。さっきとは違う黒色のスプレーだ。黄色と黒……トラロープと同じ色? 「もしかしてトラロープのつもり?」 「もちろん!」  よく工事現場や、立ち入り禁止に使われるトラロープ。どうやらそれをイメージしているらしかった。 「これで目印&立ち入り禁止&軽い封印も兼ねてるからね」  そう言ってクマさんは歩き出す。 「今すぐ切らないの?」 「これは今すぐには無理。今度別の道具を持ってきて、この木を切るよ」  別の道具ってなんだろう? チェンソーとかかな?  私の頭の中にはたくさんの疑問が渦巻いているが、とりあえず置いていかれるのはマズイのでクマさんの後をついて行った。
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