2. 暗くて独りぼっちの狭間

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2. 暗くて独りぼっちの狭間

 点々とライトの灯る坂道を上がりきると、 いつも私の帰りを寝ずに待つリビングの 明かりが見える。 家の前でタクシーを止めてもらい、小泉さん から渡されたチケットに乗車料金を書き込み、 ドライバーに渡した。 「ただいま......」 呟くように言い、ヒールの高い靴を脱ぎ、 スリッパに履き替える。 自分の部屋に入る前に、リビングを覗くと、 お風呂上りでスッピンの母が本を読んでいた。 53歳の母は、年のわりに艶のあるきめ細かい 肌をしている。 「お帰り、瑞希」 「ただいま。ねぇ、ママ。 何か食べるものある?」 「あら、今日は飲み会だったんじゃないの?」 「うん、そうなんだけど。ほとんど食べて ないんだ。お腹空いちゃった。あぁ、でも、 もう12時過ぎてるね。太るからいいや。 シャワー浴びて、寝る。おやすみなさい」 月明かりが差し込む大きめの出窓に置かれた ガラスの一輪挿しには、私の好きなガーベラ が挿さっている。 そして隣の天然石を散りばめた写真立てには、 大学のゼミ合宿で撮った写真が入っている。 私はその写真立てを手に取り、みんなの中心 で笑っている翔太に目を落とした。 無性に苛立ち、それをベッドに投げつけた。 そのせいで写真がずれ、後ろに重ねて入れて いた、もう一枚の写真の一部が覗いた。 私の声にならない叫びが届かない場所へ行って しまった翔太が、ベッドの上で屈託なく笑って いる。 私はその写真立ての上に被さるように 倒れた...... 背筋をしゃんと伸ばしてカメラの前に立ち、 いろいろな表情で振り向く。 フラッシュに包まれて自分を精一杯、魅力的 に見せようとし、そして今を存分に楽しむ。 アマチュアカメラマンとの遊びのような仕事 から、厳かな雰囲気の中にも華やかさがある 仕事まで、内容は実に多種多様。 これが私の仕事。 若さと美しさが条件の仕事。 丁寧にマスカラをぬった、 この目の先には、何が見えているのだろう。 何を思い、何を求め、 何に追われているのだろう。 ―― 周りからのプレッシャー ―― ―― 幼い頃から描いていた自分の姿 ―― ―― 崩す事の出来ないプライド ―― そして、 ―― 容赦のない現実 ―― どれもが大きすぎて、どれを選べばいいのか、 どれを捨てればよいのか。 この暗くて独りぼっちの狭間を、 私は手探りで歩いている...... 「瑞希ちゃん、時間です!」 リズム良くシャッター音が響くスタジオに、 スタッフの男性が顔を覗かせ、終了の時間を 知らせた。 「は~い。ありがとうございました!  筧さん、またお願いします!」 「来週も予約を入れておくよ!」 「ありがとうございます!」 私は筧さんが手土産にデパ地下で40分並んで 買ってきてくれた、新作スイーツを顔の近くに 寄せ、にっこりと微笑んで手を振り、スタジオ を出た。 扉の外には、先ほどのスタッフがペットボトル を手に、私が出て来るのを待っていた。 「社長が14時に到着されるそうです」 「はい、了解しました。 文字通りの重役出勤ですね」 「昨夜は、遅くまで飲んだの?」 「私は2軒目のカラオケで帰って来たけれど、 小泉さんたちは『次は女の子がいる店に行くぞ』って盛り上がっていましたよ」 「オレもたまには連れて行って欲しいな~」 私が歩きながら笑って返し、メイクルーム まで来ると、ほど良く冷えたペットボトルを 「お疲れさま」と手渡してくれた。
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