22. 翔太の背中

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22. 翔太の背中

 ヨーロッパ彫刻のゾーンは、高い天井から 光が入るアトリウムになっている。 上に行くほど広がっているような明るい 空間に、美しい彫刻が間隔を開けて配置され、 全体の白いイメージに、緑の植物が所々に 差し色としてか、センスよく飾られている。  その癒しの空間に足を踏み入れようとした その時、私の胸は突然、高鳴った。 沢山の若者が、床に座り込みキャンバスを 広げ美術品の前で模写していたのだ。 (えっ、もしかして......) 私はその集団の中から、 目を凝らし懇願しながら翔太を探した。 二人で過ごした時間、思い出の場所。 何気ない会話、喧嘩、あの日の約束。 翔太の秘密も翔太の癖も、全てが愛おしく、 全てを取り戻したかった。 すると、美しい曲線のオブジェに集中し、 滑らかに筆を滑らせている翔太がいた。 私が探していた姿が、本当にそこにあった...... 周りの人たちに私の鼓動が聞こえてしまう のではないかと心配する程、激しく打つ 心臓を、私は両手で押さえつけた。 (翔太......) どうする事も出来ない私。 気付かれたいのか、それとも 気付かれたくないのかさえも解からない。 私は近くの椅子に、 翔太に背を向けるようにして腰を掛けた。 パニック状態の自分を、深呼吸と目の前の 絵画を見る事で、落ち着かせようとした。 立ち上がろうとすると震えてしまう足に力を 入れ、鳥肌が立っている腕を擦った。 見つかってしまったらどうしようかと、 心配になった私は振り向いて翔太の場所を もう一度確認した。 (駄目だ......) この先に行こうとすれば、 否応なしに翔太に接近してしまう。 これ以上近づく勇気は私にはない。 次々と流れるように見て回る観光客の中、 ただじっとしている私は、どこか他に良い 場所がないか、辺りを見渡した。 そして翔太の後姿が見え、 絵画に見入る事も出来る場所を見つけ、 そこへゆっくりと移動した。 3年ぶりに見る翔太の背中。 白いポロシャツの襟をたて、 チノパンをはいている。 あのこんがりと焼けた肌は健在のようだ。 しかし沖縄や湘南で焼いた肌ではなく アメリカの日差しで焼いた肌。 体格が前よりも良くなったように見える。 様々な国の若者の中にいる翔太。 モデルにしている彫刻を一心に観察し、 そしてキャンバスに描き出す。 翔太はどんな絵を描くのだろう...... その時、翔太の後ろに座っている白人の 若者が、翔太の肩を叩き、何か話しかけた。 翔太は振り向き、彼に答えている。 その瞬間、私は翔太と目が合ったかと思った。 反射的に身を隠し、息を潜めた。 しばらくして、人影に隠れながら翔太の様子を 伺うと、先程と同じように集中していた。
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