3. モデル募集

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3. モデル募集

 私は大学に入学してからモデルのバイトを 始めた。 「モデル」と言っても、アマチュアカメラマン 向けのモデルだ。私はこのバイトを、アルバイト求人雑誌で見つけた。 『モデル募集』 時給 2,000円~  日給 10,000円~ (交通費全額支給) モデルにもいろいろな種類があるので、 事前に電話をして、どのような仕事なのかを 確認した。 ・雑誌やインターネット広告等に使用する写真 ・アマチュアカメラマン向けの 屋外または屋内での撮影被写体モデル ・モデル未経験でもすぐに始められる仕事 ・露出の高い服・水着撮影はありません  電話口の女性は、とても丁寧な対応で、 安心して仕事ができるよう、きちんと管理 されていることを説明してくれた。 数日後、私は履歴書を持って面接へ行った。  川崎駅からバスという不便な場所だったが、 バス停から少し歩くと、とても広い敷地に 3階建ての立派な建物が現れた。 どうやら、ここがモデルを募集している場所 らしい。  受付を済ませ、事務員らしき女性について 事務所を通って両開きの扉を抜けると、 突然、ディズニーのシンデレラ城のモチーフ となったノイシュバンシュタイン城を思わせる 内装に一変した。 恐らく私だけでなく、誰もがこのギャップに 驚くだろう。 床にはジュータンが敷かれ、そして照明も 小振りなシャンデリア。 そして幾つか並ぶ戸の1つを開けて、応接間 のようになっている一室に私を通した事務員 は、「少々お待ち下さい」と言って、静かに 去って行った。 私は滑らかな手触りのソファに腰掛け、 持ってきた履歴書を取り出して、書き損じが ないか再度確かめた。 すると、戸をノックする音と同時にスーツ姿 の男性が入ってきた。 「お待たせしました」 私は勢いよく立ち上がり、頭を下げて挨拶を した。 すると、その男性は私に名刺を差し出した。 ―― 代表取締役 小泉 直人―― 「好川 瑞希です。よろしくお願い致します」 「どうぞ、お掛けください。じゃあ、まずは 履歴書を見せて貰ってもいいかな」 年恰好は42,3歳だろうか。 いや、30代後半かもしれない。 年齢不詳ゆえなのか、代表取締役と言われても ピンとこない小泉という男は、学歴というより も右上に貼り付けてある写真だけを見ていた。 社長という事は、あのメルヘンチックな装飾 は、この人の趣味なのか。 それとも演出のつもりか。 どちらにしても落ち着かない...... 「この写真は、 カメラマンに撮って貰ったの?」 「いえ。自動証明写真で撮りました」 「そうか。それにしては綺麗に写っているね。 もちろんモデルがいいからだろうけど、 写真映りもいい。じゃあ、採用!」 「...... あっ、ありがとうございます」 「連絡は、自宅の番号? 携帯は?」 「あっ、あります」 「じゃあ、番号教えてくれる? 今日は、 せっかく来て貰ったから、撮影するスタジオ とかメイクルームを案内するよ」 私は社長が胸元から抜いて差し出した、とても 滑らかにインクの出るペンで、履歴書の空いて いるスペースに携帯の番号を記入した。 そして鞄を必要以上に握り締めて、 社長の後を着いて行った。 アイシャドーやファンデーションが並ぶ メイクルームには、白シャツにすっきりとした 黒デニムを合わせ、足元は飾らないコンバース 姿のメイクさんが一人いて、スケジュールの チェックをしていた。 そして隣の大きな鏡のある衣装ルームには、 シンプルなワンピースや、色鮮やかなトップス。 そして可愛い制服やコスプレ衣装のような メイド服まで、様々な衣装がきれいに並べて 掛けられている。 「カメラマンのリクエストに合わせて、ここにある服を着てもらってもいいし、自分の服でもいいよ。メイクと髪は、さっきの須藤というメイクさんがやってくれるから大丈夫。 それと、ここが第一スタジオ。屋外で撮る時もあるけど、基本的にはここか、隣のスタジオのどちらかで撮るよ」 白を基調とした清潔感のある明るい第一スタジオでは、これから撮影会があるらしく、2人の男性がライトスタンドをセットしている最中だった。 すると社長は、奥の椅子に腰かけて、ケースからカメラを出している男性に声をかけた。 「森岡さん、新しく入った瑞希ちゃん。 どう? かわいいだろ」 「どうも~。さすが小泉さんだね。早速予約を入れさせて貰うよ。それと鍼の方の予約も明日しているから、よろしくお願いしますね」 「毎度! じゃあ、紀ちゃんを可愛く撮って あげて下さいね」 森岡さんは、愛想のいい顔で私に軽く手を振って、カメラの調整を始めた。 私はどうしたら良いのか分からず、 とりあえず笑顔を作って笑っておいた。 「今の人は、森岡さん。平日は銀行マンなんだけど、趣味がカメラだから、休日はよくここへ来るんだ。そうそう、言い忘れていた。 ここは、会員制で、書類審査を通過したお客さんしか来ないから安心してね。まぁ、ほとんどが定年した元サラリーマンが、時間と金を持て余してやって来るといったところかな。 でも、若いのも中にはいるから、自分の身は 自分で守ってね」 冗談めかして笑いながら言っている社長の言葉 に、私は「はい」としか答えられなかった。 「さてと、もうこんな時間か。ごめんね。 今日は、これから予定が入っているんだ。 知り合いが選挙に出るから、その応援演説を 頼まれていて。何か質問はある?」 え? 鍼の次は、応援演説? 私は、一瞬「小泉社長は、一体、何者ですか?」と聞きそうになったが、少し考えた 振りをして「ありません」と答えた。 「じゃあ今日の分は、面接に1時間として 2,000円。交通費を含めて3,000円でいい かな?」 「そ、そんなにいりません。 それに面接に1時間もかかっていませんし」 面接で交通費ならまだしも、時給が貰える なんて聞いたことがない...... 「瑞希ちゃんは真面目なんだね。いいから、 ここにサインをして入口にいる女性に渡してね。そしたら現金で貰えるから。 じゃ、私はここで失礼するよ。 おっと、次はいつ来れる?」 「えっと、平日でしたら、火曜日と木曜日の 17時には来れます」 「OK! じゃあ、次の火曜日の17時にね」 上着から携帯を取り出しながら、社長はそう 言って、足早に出掛けていった。 呆然としていた私は、はっと我に返り、 渡された用紙にサインをし、言われた通り、 入口の女性に出した。 そして3,000円を手にして外へ出た。
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