4. サラリーマンとOL

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4. サラリーマンとOL

 なんだか月日が経つのが早く感じる。 あっという間に穏やかな春が過ぎ、 長雨が続く梅雨の季節に入る。  午前8時過ぎ、通勤時間帯の為、 駅前にはサラリーマンやOLの姿が多い。 私の前を、くたびれたグレーのスーツを着て、 背中を丸め、とぼとぼとサラリーマンが歩いて いる。 何か悩みがあるのだろうか、 それとも疲れが溜まっているのだろうか。 どちらにせよ、私は歩く速度が遅い人は 嫌いだ。 靴のかかとの部分を蹴ってやりたくなる。 すると、私の背後からカッカッカッカッと、 頭に響く音が近づいて来て、そして一瞬のうちに20代のOLが私を追い越して走って行った。 寝坊をしたのだろうか、それとも駅まで乗って きたバスが遅れたのだろうか。  どちらにせよ、私はいい年になって髪を振り 乱し、人の目も気にせずに全速力で走るような 人が信じられない。 おそらく彼女はノーメイクだろう。 そして電車の中で眉毛を描いて、マスカラを ぬり、口紅をつけて、小さな鏡で今日一日を 過す顔を作り上げるのだろう。 女を捨てているとしか考えられない。  私は出掛ける1時間30分前には起きて、 きちんと母の用意する朝食を食べ、そして 髪をセットし、メイクをし、そして服から 靴まで、等身大の鏡で全体のチェックをする。 そして、家を一歩出たら、おへそに力を入れ、 ピンと背筋を伸ばしてさっそうと歩く。 そう、さっそうと歩いているつもりだった......  でもそれは、前だけを見つめ、自分の求める ものを手に入れる為に、ただただ歩いている だけだったのかもしれない。 周りの人の目は気にするのだが、自分が周りの 人に目を向けることはない。 ただ、自分の道をふさごうとする人、そして 自分の視界に侵入してくる人を必要ないもの として切り捨てていたのかもしれない。  今日の午前中はモデルの仕事をし、 午後から小泉さんにつく事になっている。 「失礼します」 14時頃、社長が事務所に来たという連絡を 受けた私が『P-office』と刻印された金色の プレートのかかった部屋の戸を開けると、 白衣を脱ぎ、ジャケットを羽織っている最中の 小泉さんの姿があった。 「おお、瑞希。悪いけど、車出してくれる?  今日は鍼治療に随分たくさんの人が来て、 まだランチを食べていないんだ。夕方から 山下町で、この前、一緒に飲んだ広告会社の 宿谷さんと会うことになっているから、 そのまま向かおうと思ってる」 「わかりました。 ランチは、いつもの所ですか?」 「そうだなぁ。瑞希はお腹空いてないだろ?」 「えぇ」 「じゃあ、あのタルトが美味しいイタリアンの 店に行こう。デザートは別腹だもんな」 「もちろん」 いたずらっぽく笑う小泉さんを軽く睨んで、 私は車のキーを受け取った。  そして、小泉さんの愛用車であるBMWを 運転し、山下公園の近くにあるイタリアンの 店へ向かった。 とても明るい店内で、天井が高く洋風の香りが漂うこの店は、初めて小泉さんに連れて来られた店だ。 味もサービスも良い。 そしてロケーションも最高。 しかし、あの時は「連れて来られた」としか 思えなかった......
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