6. 社長のお迎え

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6. 社長のお迎え

火曜日の授業は、15時前には終わる。 ほとんど同じ科目を選択している祥子と私は、 横浜駅まで一緒に帰って来た。 「それにしても瑞希のバイト代、羨ましいな。 私も、もう少し背が高くて、顔が母親似だった ら、時給1,000円のバイトなんてしなくて すんだのに」 「でも、カフェの店長、 ダンディーで好みなんでしょ?」 「そうなの~。でも、残念ながら妻子あり。 でもね、その息子がまたイケメンなのよ」 祥子は私に何でも話す。 付き合っていた彼とはどうやって知り合って、 何が原因で別れたとか。 遊びに行った先で、どんな人に声を掛けられた かとか。 彼女は、特別美人というわけではない。 でも、とても愛嬌がある。 男性からも女性からも好かれるタイプで、 物事をはっきり言うので、サバサバしていて 気持ちがいい。  その反面、私はあまり自分の事を人に言わない。 喜怒哀楽の感情を、顔に出さないので、 ある男性には「何を考えているのか解からない」と言われ、また他の男性には「神秘的」だと言われる。  祥子と別れたあと、電源を切っていた携帯に 留守電が入っているのに気付いた。 『小泉です。今日、川崎駅に着いたら、この 番号に電話を下さい。車で迎えに行きます』 ―― このメッセージをもう一度再生する場合は 5を。消去する場合は7を押してください ―― 私はもう一度、確認の為に聞き直した。 (迎えに来てくれるのか。別にいいのに......) 長いこと使っているスマホの充電は残り20%に なっている。 そろそろ寿命らしく、最近は充電の減りが早い。  16時30分頃、 私は社長の携帯に電話をかけた。 「もしもし、好川です。 今、川崎駅に着きました」 「あっ、瑞希ちゃん? 悪いんだけど、 1時間位どこかのカフェで潰して貰えるかな」 「えっ?」 「ちょっと急用が入っちゃってさ。そっちに 着いたら電話するから。あと、領収書を貰って おいて。ごめんね~」 1時間、カフェ、領収書...... 私は携帯を手に持ったまま首を傾げた。 (だったら自分でバスに乗って行くのに。 よく解からない人......) とにかく1時間、空いてしまった。 この時間、カフェでお茶をするのもいいが、 なんとなく「領収書」というものを貰った事が ない私は、なんて事のないカフェでも入りづら く感じた。 結局、駅ビルに入っているショップに入り、 夏物の服やサンダルを見て回った。 今年は、トングサンダルに、アンクレットを 合わせるのが流行りのようだ。 そして私が本屋で雑誌を立ち読みしていると、 ポケットの中の携帯が鳴った。 「小泉です。遅くなってごめんね。 ロータリーにいるから来てくれる?」 「はい。分かりました」 ロータリーに行くと、真っ赤な外車の側に 立っている社長を見つけた。 「こんにちは」 「いや~。待たせちゃってごめんね」 「いえ、大丈夫です」 助手席に座り、シートベルトを掛け、 一呼吸すると、ひんやりとした皮のシートが 心地よく感じた。 BGMはジャズが流れていた。 「中途半端な時間になっちゃったから、 今日は外回りに付き合って貰おうかな」 「外回りですか?」 「そう。今日は天気がいいから、山下公園辺り で撮影をやっている連中がいるんだ。だから、 様子を見にね。私の仕事は、みんなが写真を 楽しく撮れるようにする事だから、現場を 知らないといけないんだ」 もっともな話のように聞こえるが、 その外回りに私が着いて行く必要があるのか 不可解だった。 まあ、先輩モデルを研究しろとでも言うのか と思い、黙って着いて行く事にした。
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