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8. 社員旅行の行き先
レストランのドアに手を掛けると、
中から私と同じくらいの歳のカップルが
仲良く出て来た。
私は一瞬その姿を目で追い、
そして小さく溜め息をついた。
店内の壁には、季節によって替えられる
絵画が何点も掛かっている。
コーナーにはセンスよく観葉植物が置かれ、
すみずみまで入念な手入れが行き届いている。
小泉さんはバジルソースのジェノヴェーゼ
パスタ、私は色鮮やかなフルーツタルトと
ハーブティーを注文した。
「でさ、今年はどこがいいかなぁ? 瑞希は
社員旅行、初めてだもんな。ヨーロッパか、
アメリカ本土か。それともみんなでハワイか」
「ハワイなら、撮影で何度も行っているじゃないですか。どうせなら、別の所がいいですよ」
「だよな。なら、イタリアで本場のパスタと
ワインを堪能するか。それか、フランスで
オペラを聴いて、それからムーランルージュで
楽しむのもいいな」
「半年前に、友達とフランスへ行った時、
ムーランルージュのディナーショーを見て
来ましたよ」
「ホント? どうだった?」
「すごく綺麗でした。女性が見ても楽しめ
ますね。セクシーで、華麗で、ロマンチック。
あれはもう芸術...... 見とれちゃいました」
「そうか。瑞希がお勧めなら、女性職員も
賛成するだろうし。よし、じゃあフランスに
しよう」
「あっ、でもやっぱり私、
ニューヨークに行きたいです!」
「へっ? 今、フランス行きで盛り上がって
たのに、なんでアメリカなんだよ」
「ほらニューヨークにだって、ブロードウェイ
があるじゃないですか! ライオンキングとか、
オペラ座の怪人とか......」
「瑞希、いい年のオヤジにライオンキングを
見ろって言うのかよ」
「あっ、シカゴ!
シカゴは小泉さん好みでしょ」
「シカゴか。あの作品をミュージカルで
見るのは悪くないな」
「それに私、メトロポリタン美術館にも
行きたいし......」
「メトロポリタンは行ったことなかった?」
「ありますけど高校生の時だったし、
あんな広い名画の宝庫、一度行っただけでは
全部見きれないですよ」
「そんなにニューヨークに行きたいの?
俺、美術館は苦手なんだけどな」
「じゃあ、自由行動でいいじゃないですか。
小泉さんはセントラルパークで、地元の美女と
紫外線をしっかりと浴びながら日光浴とか」
私はいつの間にか、
小泉さんがニューヨーク行きを決めるように、
幾つも調子のいい言葉を並べていた。
そして、食事がすむ頃には、
私の希望は確実なものとなっていた。
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