15人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
駅に到着して、
「こんな日に送り出してしまうなんて、恨まないでね」私が言うと
「恨んだりしないよ」彼は笑った。
「楽しかったね」
「うん」
「ありがとう。私はもう大丈夫だよ」
父を喪ったこと、そばにいてくれたこと、ありがとう。もう大丈夫だから――私は心の中でもう一度言った。
「うん」
彼はさっきと変わらぬ調子で答える。
幸せになってね――。
そんな言葉をきっと最後には言えると思っていた。二人はもうだめだとわかってからも、長く一緒に過ごし、もう恋人のようでもなく、家族みたいな、どこか友達みたいな感じでもあったから。
けれど、言えなかった。かわりに、
行かないで――そんな言葉が出てきた。
やっぱりまだ、そばにいてほしい。
最後に冗談交じりに訊いてみる。
「もし、何かあったら呼んでもいい?」
「うん。いいよ」
「夜、寂しくなったら?」
「うん」
「あ、夜じゃなくて、こうやって昼でも雨が降ったりさ、暗い日に寂しくなったときは?」
「いいよ」
「部屋にゴキブリが出たら? 私、一人で退治できないよ」
「うん、呼んでいいよ」
彼の優しさが、愚直なまでに「呼んでいいよ」を繰り返す彼にムカついて、
「馬鹿。呼ぶわけないよ。訊いただけ」
バンと肩をはたきながら笑って言うと、
「なんだ、それ。わかった。でも、本当に辛いときは呼んで」
真っ直ぐにこちらを見て言うので、本当は別れないほうがいいんじゃないか。好きな人ができたとは一言も彼の口からは聞いていない。だったら、まだやり直せるんじゃないか、もう一度、最初から――。
今更そんな思いが胸に溢れてきて止まらない。
最初のコメントを投稿しよう!