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本当は今日よりも、もっとずっと前から、うまくいっていないことはわかっていた。それでも、私の心の中心にブラックホールみたいにすっかり空いた穴をそれ以上同時に広げないように、彼は半年待ち、静かにそばにいてくれた。
最初に別れ話が出た去年の夏の終わり、同時期に、父が亡くなったのだ。
父が亡くなってから数日後、私は夢を見た。もう夏は終わるのに、蒸し暑くて汗ばんだシーツが気持ち悪く、何度も起きてしまうような夜だった。
夢の中、そこは、小学校まで住んでいた、多摩川の見える、古い実家のリビングだった。小豆色のペルシャ絨毯が敷かれた廊下の先に、父がどこかの国でお土産に買ってきた木彫りの人形が置いてあり、昔はそれが怖くて玄関の手前にあったトイレに一人で行けなかった。
一人ダイニングテーブルを囲う座り心地の良い椅子に腰掛けていると、玄関の方から音がした。泥棒かと思って怖がっていると、泥棒ではなく、廊下から続く扉を開けてリビングに入ってきたのは死んだ父だった。
「びっくりしたー、お父さんか」
夢の中で私は声を上げた。本当は「幽霊」が出たことだけでも驚いてよいはずなのに、泥棒ではなく幽霊でもなんでも、父であったことに、夢の中の私はなぜだかほっとしたのだ。
「なんでここにいるの?」
尋ねると、幽霊になった父は答えた。
「ここしか帰るところがなくて」
その答えに、夢の中で私は泣きそうになった。死んでも、ここしか帰るところがなくて、と言った父が愛おしくて、そんな父がもう、生きていないことが悲しくて。寂しい夢だった。父が死んだことが悲しかった。
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