『露払い』 雫の章

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『露払い』 雫の章

 広縁にあるガラステーブルの上に、グラス一杯に詰めた氷と、紅茶のティーバックが入った熱いポットを置き、ロッキングチェアーに座って、のんびりと過ごす時間が私は大好きだ。  特に好きなのが、梅雨の雨の日。  静かに降る雨は、古くなった祖母の家に独りでいる私に、嫌な雑音を消してくれるから。  今日も祖母が残していった古い小説の本を膝の上に置いて椅子を揺らし、窓辺に吊るしてある風鈴と雨音と、そして椅子の奏でる音を私は静かに聞きていた。  もう…いいかな…  この家の洋室にあるグランドピアノの音を、私はずっと聞いていない。 「こんばんわ。」  私は閉じていた意識を現実に戻し、窓の外を眺める。  微かに聞こえたその声は、広縁の窓から見える庭の方からだったから。  ここは箱根の山奥にある一軒家。  梅雨の時期は白い霧が景色を包むのは日常で、今日も庭は真っ白に包まれている。  そんな庭の景色の中に、ゆらっと人影のようなものが動いたのが見えた。 「こんばんわ。」  今はまだ昼が過ぎたばかりの13時だったので、「こんばんわ。」の挨拶に違和感を感じた。  だけど私は来客者だと理解し、椅子から立ち上がり窓を少し開ける。  何故、玄関から来ないのかと不思議に思いながらも、私は人影に向かって挨拶をした。 「はい。えっと、どちら様でしょうか?」 「露原さんのお宅で間違いないですか?」  人影はその場所から動かず、白い影のままで私の問いには答えてはくれなかった。  私は「はい。そうです。」と返す。  宅配業者の人なのだろうか? この白い霧で玄関が判らなかったのかもしれない。  私には両親が居ない。子供の時に事故で死んでしまったから。  だから時々、親戚から野菜やお米などが送られて来る。 「露原月子さんはいらっしゃいますか?……娘さんとは雰囲気が違うから、お孫さんかな?」 「あっ、はい。そうです。」  突然の祖母の名を聞いた私は、少しの驚きと戸惑いを感じた。  祖母は去年の冬に亡くなっている。独り、病院のベットでこの世を去ってしまった。  私は駆け付けることが出来なかった。  今も、思い出す度に胸が締め付けられるほど後悔している。  私を祖母に預けて、出張に出かけた両親が交通事故で死んでしまった日から、祖母が私を育ててくれた。  と言っても、中学からは私立の一貫校で寮生活になったので、一緒にいた時間はそんなには無かった。  それと合わせて、両親と育った家を処分された事で私は祖母を恨み、中学の時は一度も帰省をしなかった。
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