『露払い』 雫の章

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 濡れているっていっても、少し濡れた程度だったけど、私は引っ張られるように奥の部屋に連れていかれた。 「あの…着替えって?」  テキパキと準備をする女性に、奥の部屋に居た従業員だと思われる若い女性が加わり、私は着せ替え人形のように服を脱がされていく。 「女性が、濡れた服でいるものではないですよ。それと、旦那様の隣に立つのですから、それ相応の着物を着て貰わないと。」  そう答えたのは私に着替えを勧めた女性で、この呉服店の女将さんだとついさっきに知らされてた。 「はぁ?」  反論しなければならないような理由でもなかったので、私は相応しいという言葉に対してだけ、自然と出た言葉だった。  それから濡れていた髪を綺麗に乾かしてもらい、かんざしと髪留めを付けられる。  そして、着せられた着物に私は見蕩れていた。  薄水色の着物には白い花を付けた梅の木が描かれて、帯は対照的な黒で、青く輝く梅の花が描かれています。 「こんな立派な着物を、私が着て良いのですか?」 「もちろんよ。これは貴女の為に作られたと言っても良いくらいなんだから。」  私は他にも色々と聞きたい気持ちはあったけど、私の姿を見ている女将さんの満足そうな笑顔の頷きを止める事は出来なかった。  サンダルから下駄へと履き替えた私は、女将さんに連れられて店内へと戻る。  そして店内に戻った私の姿を見た白い人の顔も、すごく満足そうに笑顔を見せていた。 「次は旦那様ですよ。」  背中を押すように白い人を部屋に連れていく女性を見送って、何も判らないまま私は店にあった椅子に座る。  そして過ぎる時間の中、私は祖母の事を思いかえしていた。 「待たせてしまったね。」  私は意識を戻し、視線を上げると、そこには息をするのを忘れるほど見入ってしまう光景があった。  藍色の着物姿になった白い人の姿が、見惚れてしまうほどの日本美に仕上がっていたからだ。  白い人の後から出てきた呉服店の女将さんの笑顔が、満足そうな達成感を溢れ出していた。  これ絶対に、女将さんの趣味で着替えさせられたよね? 「ではまた、帰りに余らさせて貰う。」 「はい、旦那様。貴女の服はそれまでに乾かしておきますから、安心してくださいね。」  そう笑みを向ける女将さんに「ありがとうございます。」と、私は頭を下げる。  それから店の外でも微笑む女将さんに見送られた私は、白い人が見せた、迷子にならないようにと親が見せる仕草に逆らうことが出来ずに手を繋ぐ。 「次は、食事をしましょう。」 白い人の言葉に、私は「…はい。」と、答えていた。
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