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ここまで、私は言われるままに連れ回されている。
何を質問しようかとか、どうすれば帰れるのかと、色々と考えてはいるけど、主導権を握れる状況じゃない事だけは理解していたので、話しかける事をずっと我慢していた。
だけど…その状況の中で「食事」という単語に、お腹が素直に反応してしまった。
そんな自分に驚くと同時に、もう流れのままに付き合うしかないのか。という感情が折り重なって出た言葉だった。
「だんなさま!」
突然、上の方から子供のような声が聞こえてきた。
私はその声の方向に視線を向けると、塀の上に一匹の三毛猫がいた。
「三乃助か。どうかしたのかい?」
「その人間はだれですか?」
「今年の露払いを頼もうかと思っている人だよ。」
「そうですか。なら、僕からもお願いします!」
そう言った塀の上の三毛猫が足元の地面に、ひょっいと降り、頭を下げる。
「あっ…その、私まだよくわかってなくて…」
「いいのです。僕がかってにやっているだけなのですから。」
そしてまた、ひょっいと塀の上に飛び上がりスタスタと歩いて行った。
どうやら私の役目は、露払いっというものをするみたいね。
そしてまた少し歩くと、「よう!」と、声を掛けられたので、私は吃驚して白い人の手を引っ張るように一歩後ずさっていた。
「こんにちわ。今日の仕入れはどうでしたか?」
声を掛けてきた中年のおじさんに白い人が話しかけていたので、私は緊張の糸を緩めた。
「良い物が揃っていたよ。で、今日は、お二人様で?」
「ああ、いつものを二人分頼めるかな。」
「あいよ!」
そう言ったおじさんが、目の前の扉を開けて私達を手招きする。
扉の中は、小さな居酒屋のような飲食店だった。
白い人に続いて私は店の中に入り、勧められるまま小さなテーブル席に座った。
店には食事中の人達が数人居て、和風だしの良い匂いと焼き魚の匂いも漂っていた。
あっ…ほっとする。
私の胃袋も、同じような感覚を感じたようで、空腹の音を鳴らしていた。
幸いに音は小さかったので、誰にも聞かれる事もなく、安堵の深呼吸をする。
「あら、もしかして今年の露払い様ですか? 今年もよろしくお願いしますね。」
「お! 露払い様がきたのか!」
「ん? 今年は月子さんじゃないのかね。」
と、店で食事をしていた人達から声を掛けられる。
「月子さんは、黄泉(よもつ)へと。」
そう答えたのは白い人だった。
「そうだったの? …そう、去年もいつもと変わらない人だったから…」
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