371人が本棚に入れています
本棚に追加
気持ち悪い、と思った。わたしは、つり革を持つ手を逆に変えた。……が。今度は、二の腕を肘で押してくる。……ああ、面倒くさい。究極に面倒くさい。お願いだから、放っておいてくれないかな。どうでもいいから。性欲を満たしたいのなら然るべき場所で然るべき金を払い、てめえでどうにかしやがれと。
痴漢被害に遭うこと自体は珍しくはなく。まぁ、もう、どうせ、あと数駅で到着するから我慢……しようと思ったのだが。今度は、尻を、撫でられた。ぞっとした。背筋にたちまち鳥肌が立ち……音楽に逃れるどころではなくなった。
移動しようと思ったのだが、この、混雑した電車内ではそれが叶わない……万事休す。そんな単語が頭をよぎったところ、
「おいあんた。なにをしている。次の駅で降りろ」
はっきりと。男性の声が、耳に、届いた。見れば――
わたしを痴漢していた男の手がぎりりと別の誰かの手で掴まれていた。一見すると冷たい、クールな印象の、前髪をあげた、銀縁眼鏡が印象的な男が、痴漢野郎を睨みつけていた。彼は、わたしの目線に気づくと、
「大丈夫? おれが――ついてるから」
男性免疫のないわたしを勘違いさせそうな発言をしてのけた。
最初のコメントを投稿しよう!