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空中を駆ける馬。
“風呼び” と呼ばれる特殊能力を持つシルフィのような人々には、海上に吹く風はそのように見える。
大海原の上空を自由気ままに駆け回る彼らを捕らえ、帆を押すように誘導するのが風呼びであるシルフィの仕事だ。
帆船にとって、有能な風呼びを乗せることは、航海の成功に直結していた。しかしシルフィが独り立ちしてこの船に乗ったのは、今年が初めてだった。
昨年までは、師匠であるゲイルの助手でしかなかったのだ。ここで成果をあげなければ、育ててくれた恩人の顔に泥を塗ることになる。
だがどれだけ見渡しても、視界に映るのは凪いだ海面と雲ひとつない青空。レッドヘアもこの無風状態には困っているはずだ。動きが止まっている。連中より先に、そしてより多く、風を集めなければ。
シルフィはゲイルに鍛えられた、風呼びだけが吹ける指笛を鳴らした。その音で風の馬たちを呼び寄せることができる。最初から下手くそなりにこれが吹けたのを見込まれて、弟子になることができた。
しかし今は、何度も何度も、唇がむくむんじゃないかと思うほどに鳴らしても、なんの反応もない。
下を見ると、張り巡らされた何百本ものロープの間から、こちらを見上げている乗組員たちが見える。必死な、あまりの形相にシルフィは首を竦め、見下ろすのをやめた。
これまでは順調に来ることができた。
東の果て、茶の産地の国からの航海、94日目。このまま行けば、新記録だ。しかし本国も近くなった昨日の夜から、帆に受ける風がなくなった。こうなると帆船は手も足も出ない。速度以前の状態だ。
なんとしても風を捕まえなくては。
シルフィはただひたすらに、指笛を鳴らし続けた。
風呼びとして無能なら、陸への生活に戻るしかなくなる。あの、閉塞感と将来性の無さが当たり前だった世界に戻ることは、いまさらまっぴらごめんだった。
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