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弟子になった初めての仕事は、船に挨拶に行くことだった。 基本的に、風呼びと船はセットだ。コロコロと組み合わせが変わることはほとんどない。 ゲイルはまず岸壁を舳先へと向かう。そこには、船首像(フィギュアヘッド)と呼ばれる彫像が取りつけられている。傍に着くと、2人でそれを見上げた。 チュニックを着た若い女性像だ。前に伸ばした両腕。手のひらは、注がれる水を受けているような形に広げられている。 「レイディ・デヒティネだ。頭を下げろ」 言われた通りにすると、女性像は横目でシルフィを見た。どうやらそこだけ動くらしい。 「ずいぶんな小娘を連れてきたじゃないか、ゲイル」 そんなことを言われて、気がついたときには言葉が出ていた。 「あたしが小娘なら、あんたは大娘だ」 「おやおや。世界一速いと(ほまれ)高い船に、ずいぶん生意気な口をきくね」 「だってあんた、いいとこの娘さんみたいに綺麗だ」 「は」 女性像は虚を突かれた声を上げたあと、笑いだした。 「気に入ったよ。よく仕込むんだよ、ゲイル」 「ありがとうございます、レイディ」 ゲイルは貴婦人にするような丁寧なお辞儀をする。シルフィも今度はそれを見習って真似した。早足でその場を離れ歩いていると、ゲイルが安堵のため息をついた。 「よかったな。第一試験は合格だ」 「えっ、試験だったの」 「そうだ。船に嫌われたら、どんなに優秀な風呼びでも終わりだ。乗り込むことができないんだからな」 「先に言ってよ。もっとお上品に振る舞ったのに」 「それじゃ駄目だな。取り繕ったってなんの得にもならん」 そのときはゲイルの言うことが分からなかった。だが後から理解した。 航海では切羽詰まった状況になど、しょっちゅうなる。そうなると人間の素の部分が出てくる。そんな状態のときでも共にやっていけるのか。そのことがなにより重要なのだ。
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