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幻想色に霞む秋月が、人の喧騒と電子音楽で賑わう中心街を照らす深夜。
今日の職務を終えて帰宅した蛍と光は、遅めの夕食を取っていた。
経済低迷期の時代、長時間労働者の健康的睡眠を確保する一環として、各区の自治体が支給する宅配簡易食が市民の主食となった。
しかし、蛍にとっては料理そのものが息抜きの趣味だ。
多忙と疲労が重ならない限り、夜の食卓には手料理が並ぶ。
光自身も、宅配食にはない美味な手料理を心待ちにしてくれるため、蛍も俄然意欲が湧く。
空になった食器を片付けている蛍は、光にシャワーを先に浴びるよう勧める。
「大丈夫か? 蛍」
「私はいつも通り大丈夫よ? どうかした?」
「いや、その……」
自分から切り出したわりにどこか歯切れの悪い光。
元々、彼の真面目でぶっきらぼうな性格をよく把握しているつもりだ。何だか気になった蛍は手を止めて光と向き合う。
「ふふふっ。仕事では真面目でハッキリした物言いするけど、私と話す時は口下手になる所、あなたらしいわ。何か心配事でも?」
光を揶揄うようにクスクスと可憐な笑みを零す。
しかし、返事に困窮している光を映す瞳も、彼の言葉を落ち着いて待つ態度も優しさに満ちている。
警察官としての冷徹さは影を潜め、今は少女のように無垢な笑顔を咲かせている。
自宅で二人きりの時にしか見られない"素の蛍"の姿は、自分だけのもの。
仄暗い熱が渦巻くような愛しさに胸が甘く満たされる一方、片隅に浮かぶ一抹の不安。
逡巡の沈黙を流すこと数秒後、光は一つの疑念を打ち明けた。
「蛍。佐々木被害者の現場で、何かあったのか」
「何のこと?」
「俺の目を誤魔化せると思うな」
第二事件の現場確認をした時から、正直光は居ても立っても居られなかった。
勤務中の蛍は氷人形のように職務と命令を冷徹、合理的に遂行する所は高く評価されている。
反面、責任と重圧を負ってばかりの心を他者に見せず、気がかりな事は確信を得るまでは独りで背負い込む。
仕事をそつなくこなす器用さ、それで今まで立ち回れた実績も災いして身に付いた蛍の数少ない欠点。
故に時折、率先して無茶を働く蛍を同僚として頼もしく思う反面、常に心配で気苦労が止まない光だ。
「お前は悩んでいる時こそ、普段よりも異様に冷静になる。付き合い始めてから一年しか経ってない俺が言うのも何だが、蛍のことは見てきているつもりだ」
今日だって、被疑者の気配を感知した時点で、逃亡を防ぐために蛍一人で真っ先に駆け付けた。
身柄確保に素早く確実である一方、危険を伴う行動だ。
ただそれだけなら普段と変わりないが、今の蛍は"わだかまり"を独りで抱え込んでいる気がする。
それも、光にすら想像に及ばない、“何か“暗くて深い、おぞましいものについて。
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