其ノ二『追跡劇』

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 しかし、扉が全開した所で石井の両足と思考は停止した。  「そこまでだ、二郎・石井」  扉の外で待ち受けていた存在に、石井は絶望に凍りついた。  石井の細腕へ無慈悲な手錠はかけられた。  愕然とする石井が状況を呑み込む間も与えず、浜本達は彼を硬い床へ取り押さえた。  石井は苦悶の顔を地べたにつけられたまま、浜本達を忌々しそうに睨み上げる。  「くそ、何でだ……!」  「私は、優秀すぎる部下に恵まれていてな。ご苦労だった、櫻井、藤堂、黒沢……怪我はなさそうだな」  石井を冷徹に見下ろす浜本のもとへ蛍達は合流した。  最後に蛍達の無事を一応確認する浜本なりの気遣いに、蛍は内心微笑みながらも淡々と応えた。  「はい、我々はこの通り。ですが、光は念のために医務室で診てもらうのがよいかと」  「いきなり植木鉢を櫻井へ投げつけた時は肝が冷えたぜ」  「口を慎め、黒沢刑事官。仕事はまだ終わってない」  「櫻井を咄嗟に庇ったギザな奴が何を」  相変わらず軽口を叩く黒沢を、光は真面目に咎める。  しかし、勤務中であっても惚れた大切な女を真っ先に庇う光に、黒沢はニヤニヤと愉しく笑う。  茶化された光は怒りと羞恥からか、グッと唇を噛んで黒沢を睨む。  いたたまれなさそうな光に彼を揶揄う黒沢の言動、無自覚な蛍の様子に、浜本達は惚気に当てられて溜息を吐いた。  「もういい……二郎・石井被疑者。殺害された肇・佐々木とのトラブルの件も含め、署で詳しい話を聞かせてもらう」  両腕を後ろに銀の手錠で拘束された石井を、浜本は改めて見下ろす。  他の刑事官達は、石井の両側から肩を掴んで強引に起こした。  敵意と微かな怯えを剥き出しにする石井に後輩は眉を顰める一方、浜本は毅然と指示を出す。  「俺は、何もしてない。俺は、悪くない」  「それは、お前から事実を訊き出した後、警察と裁判所で判断する」  「……許さない。どいつもこいつも、俺を……俺の"大事なもの"を――っ」  「!? 痛――っ」  俯いた石井が地の底から呻くような声で呟いた直後。  彼を取り押さえていた二人の刑事官は苦痛の悲鳴を漏らした。  何事かと目を張った浜本達は、宙を舞った小さな血飛沫、と不穏な銀の輝きを捉えた。  二人が苦悶の表情で背中を押さえていると、片手に果物ナイフを握る石井が二、三歩下がった。  袖に隠し持っていたナイフの刃先をがむしゃらに振り回して、刑事官を傷つけたようだ。  とはいえ、手錠を後ろ手にかけられたまま、刑事官全員を振り払って逃げるのは難しい。  それでも石井は自暴自棄に陥っているのか、理性を無くした獣のような荒い息を吐いて殺気立っている。 .
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