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「貴様、何だよ……その眼は!」
一触即発な空気に誰もが表情を強張らせる中、唯一悠然と前へ出た女刑事。
いかなる炎にも燃え溶けない氷人形のように冷たく、強くて、美しい佇まい。
狼狽える石井へ静かに近付いてきた蛍は真っ直ぐ見つめてくる。
正体不明の寒気に胸がざわつく感覚、氷の眼差しに堪えの切れた石井は烈火の怒声を浴びせる。
「そうだ。貴様さえ俺に気付かなければ……あのまま大人しく帰っていれば、ようやく俺は解放されたのに。貴様のせいで何もかも終わりだ――!!」
恫喝されても眉一つ動じない態度、氷膜さながら澄んだ眼差しが癪に触ったらしい。
蛍の白い喉笛へ噛みつく勢いで突進してくる石井。両手の自由が利かずとも、鋭利な刃先へ研ぎ澄ました己の憎悪で十分だとばかりに。
慌てて光は前へ飛び出そうとしたが「下がって」、と蛍の片手に制された。
冷静沈着な蛍の意図を瞬時に察した黒沢は光を後退させた。
怒り狂う石井の刃先が蛍の喉笛へ届くまで残り一メートルの所で――薄氷のような瞳に怜悧な炎が宿ったと同時に、石井の胸倉へ激痛が走った。
猛烈な衝撃は突風のごとく、石井の痩躯を薙ぎ飛ばした。
己が身に起こった現象を把握しきれていない石井は、暫し愕然と宙を仰いだ。
起立すら困難な疼痛の原因を探るべく、視線を彷徨わせていた石井は双眸を見開いた。
タイツに包まれた細長い右脚を黒鳥のバレリーナさながら美しく伸ばしている蛍の姿。
己を厳しく鍛え上げた者だけが備える強靭でしなやかな筋肉は氷鉄のように艶めくよう。
洗練された蛍の動きに目を奪われる石井と視線を合わすように、蛍は膝を折って語りかけてきた。
思わず身構える石井と一緒に、後輩の刑事官にも緊張が走る。
「手荒な真似をして、ごめんなさい。ですが、署には医務室もありますから」
氷の冷徹さから一転し、静穏な表情を浮かべる蛍。
まるで普通の穏やかな少女に気を遣われたように妙な感覚に見舞われた石井。
一方、蛍は丁寧な口調のまま淡い微笑みすら浮かべる。
「では、我々と一緒に署まで行きましょう? 不満は署でも聞きます。ご飯も、中々悪くないですよ」
さすがの石井も蛍に圧倒されながらも、すっかり毒気を抜かれたらしい。戦意喪失で大人しくなった石井を刑事官達も慌てて取り押さえると、<ruby>警察車<パトカーまで連行した。
「おい! 大丈夫か、蛍!」
「見ての通り。今はまだ勤務中ですよ、藤堂刑事官?」
"待て”状態で見守っていた光は真っ先に蛍のもとへ駆けつけた。
慌てている様子の光を蛍は苦笑と共に宥める。
対照的に、黒沢は愛用の電子タバコをくわえながら光を揶揄おうとする。
「ったく、相変わらず心配性だな、光。蛍の強さはお前が誰よりも知っているだろ? まあ、お前のいいとこだけどな」
「心配するのは当然だ。たとえ強くても蛍は女だ。男に襲われたら危険なことに変わりない」
「だから男のお前が守ってやらねーと、ってか? 熱いねえ、光ちゃん」
「口を慎めと言っているだろ。それに、ちゃんづけはやめろ。気色悪い」
「そうですか? 光ちゃん、も可愛くて私はいいと思いますけど」
「「本気か」」
たとえ勤務中でも蛍を常に心配し、そこを指摘されるとバツが悪そうにする光。
そんな光の優しさから感じる愛情と照れ隠しに、蛍はまた困ったように瞳を細めた。
氷のように冷徹な雰囲気から一転し、親しい者に向ける柔らかな微笑み。
しかも天然なのか、黒沢の茶化しに冗談みたいな返答を真面目に零す様子も、雪のように周りを和ませる。
光も溜息を吐いているが、頬を微かに染めて満更ではなさそうだ。
黒沢に至っては、二人の態度がどこかしらツボにはまったらしく、終いには腹を抱え込んでいた。
バツの悪そうな光と黒沢の爆笑に蛍は首を傾げるが、気にせず彼らとの談話に興じた。
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