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「ありがとう……光。私、あなたのこと大好きよ」
蛍の隣に並んで寝台に腰掛けている光は面映そうに、自分の黒髪を掻いてそっぽを向く。
「――やめろよ。そんな表情で、そんな事言われたら、俺は」
止まらなくなる――。
不愛想な唇から漏れた台詞の意味を蛍が理解し切る前に、華奢な体はゆっくりと傾いた。
気付けば蛍は生命を誇示する男のぬくもりに抱擁されていた。
光が今何を想っているのか、ようやく察した蛍は目の前の温もりと香りに双眸を閉じて委ねた。
スパイシーな甘い電子煙草の芳香に溶け込む光自身の匂いに、蛍の鼓動は安らぎと共に高まる。
普段の服装からは見え辛い、程良い筋肉に引き締まった体躯。
華奢な背中に回ってきた両腕は、儚い花を扱うように優しい。
一方で、蛍という女を渇望する炎の衝動に突き動かされている男の昂りも、肌越しに熱く伝わってきた。
可憐な花びらのような唇へ噛みつくように口付ける。
不器用で力強い接吻に、薔薇色の唇は嬉しそう弦を描く。
甘く濡れてきた唇、仄かに漂う無垢な香りに光は眩暈と共に酔いしれる。
蠱惑的な熱と吐息を交換する中、折れそうなほど華奢で細長い腕は光の首へ回される。
妖艶と無垢の相反する少女さながら健気に応える蛍の全ては愛らしい。
すっかり気を良くした光から、目の前の温もりを貪る以外の選択肢は消え失せた。
*
甘やかに燻っていた蛍と光の熱は一つへ溶け合う。
「光……光……っ」
先程はどこか不安に揺れた眼差しで思いつめていた蛍。
そんな彼女は今、光の言葉と指の一つ一つへ敏感に応じてくれる。
恥じらう少女のような淡い微笑み。
熱に溶ける氷膜のように濡れた瞳。
自分への愛しさに色づいた桃色の頬。蛍の無垢で、艶やかな全ては、光の全てを狂わせていく。
「っ――蛍」
清らかな氷の戦乙女のように冷凛とした女の顔を、己の持ち得る熱と欲によって溺れさせ、乱してやりたい。
隙や弱みを見せない彼女の口から、自分だけを求める狂おしい嬌声をつま弾かせ、愛し、甘えさせたい。
光自身ですら憚られるほど浅ましい欲に爛れた熱情。
しかし、蛍に燃やす甘い炎は、理性や建前を嘲笑うがごとく灰塵へ帰す。
たった一人の愛しい女を求める、ただの男に成り下がってしまう。
一方、光の力強くも優しさを忘れな熱の抱擁によって、蛍自身も翻弄され、甘い衝動へと押し上げていく。
溶けるほどに熱くて。苦しいほどに激しくて。
それでも、愛おしいほどの優しさに満たされる。氷の理性をみるみる溶かす光の愛情と熱が生む多幸感に耽る――。
『蛍――君は、深淵"を覗いたことがあるかな――?』
心の片隅から離れない漠然とした不安。
不合理な感情を統制しきれていない自分自身にも困惑している。
光に抱きしめられるだけで、こんなにも胸は熱く疼く。
目の前にいる光のことしか見えなくなるはず。
光に愛される度、彼と出会えた幸福に酔い、彼に愛されなかった場合の人生は不幸だ、と嘆くこともできる。
それほど、かけがえのない幸福に満たされているはずが、何故かあの人が頭から離れない。
光の愛欲を懸命に受け入れながら、時折少女らしい恥じらいに微笑みむ蛍。
光は不器用な口付けを再び落とす。
不器用で優しい光への愛に熔かされていく最中、互いの熱は同時に高みへ昇り、ほとばしる。
最後には甘い微睡みを残していく刹那ですら――。
熱に熔けた蛍の脳内で雪のように浮かんでは消えることを繰り返す、冷たくて、甘い声と微笑み――。
"深き白い月“は、今宵もほくえ笑んでいることを誰も知らない。
***次回へ続く***
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