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「熱、うぅうぅめえぇっ!?」
蒸し立ての肉まんは本当に美味しかった。
新鮮な野菜の柔らかくも絶妙な歯応えに、動物的な肉と脂のとろみと旨味が、もっちりとした生地へ溶け込んでいる。
大袈裟なまでの感激ぶりを発露した黒沢に、蛍と老婆だけでなく左右隣の商人も微笑ましそうにする。
「ほう、それは気の毒じゃねぇ。お前さん達はここへ人探しにきたわけかね。もちろん、教えてあげよう」
老婆と打ち解けた蛍は、最近この秘密の地下街へ出入りするようになった人物の話題を切り出した。
自分達は石井の特徴に当てはまる若者を探していること。
怪しまれないために、“行方不明中の家族“かもしれないから見つけたい、という設定で聴取していく。
秘密の地下街への入り口は地下駐車場の一つしかない。
毎日この場所で商いをする老婆は、地下街へ出入りする全ての人間を見て記憶しているらしい。
心当たりはあるらしく、悪戯に双眸を細めた老婆は蛍と黒沢へ意味深に耳打ちしてきた。
「それ、マジか……? なら、ビンゴじゃねーか、蛍」
何かしらの確信を得た黒沢は虚無的な笑みを浮かべた。
老婆曰く、身なりも肌艶も悪くない二十代の若い男が地下街へ出入りする姿を、この一ヶ月の間に数回見たらしい。
エクリプス区の狭い界隈では見ない顔で異質に映ったせいか、商店街にいるほとんどの区民は彼の姿をしっかり記憶していた。
最初は政府の密偵者ではないか、と警戒する区民もいた。
しかし、石井らしき男は不自然なほどに狼狽え、不安気な足取りで素人なのは明白だった。
パワハラや発病、虐待、借金等の様々な理由あって仕事と住処も失い、地上で生場所を奪われた不憫な若者が闇の廃区域へ逃げてきたのだ、と。
不幸不運か自業自得のどちらにせよ、“理由あり“で流れ着いてきた貧民で結成されたエクリプス区では珍しい話ではない。
共同体の脅威でなければ石井を詮索する必要もなかった。
「ありがとうございました。では、またどこかで」
冷凛な微笑みで感謝を告げた蛍は黒沢と共に市場を後にした。
友好的な微笑みで手を振る老婆の瞳には、提灯の鈴生り道を突き進んでいく二人が映る。
地下街の奥でぼんやりと浮かぶ黒穴のような闇を、二人が消えてからも老婆は暫し見つめ続けていた。
ブヨブヨに醜く皺んだヒキガエルのように微笑む老婆の瞳は、どこか虚無的に揺らめいていた。
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