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「降参しろ、石井。お前には佐々木所長殺害の嫌疑の他、留置所からの逃走罪、公務執行妨害も重なるだろう」
浜本は冷然と容疑を述べて牽制する。
浜本に気圧された石井は捕食される動物さながら、ますます無言で萎縮する。
袋の鼠となった石井一人を数人がかりで取り押さえることは容易い。
しかし互いの安全性と"それ以外の点"を考慮すれば、まず必要なことは――。
「石井さん。必要なことは、実に単純明快なんです」
蛍は歩み寄るように静かな口調で、石井への語りかけ始めた。
先程とは打って変わり、穏やかな声色の蛍に石井は困惑と新たな怯えの混じった眼差しを向ける。
「逃げるのではなく、ただ我々へ"そのままの事実"を伝えることです。今のあなたは一体、何にそれほど"怯えている"のか。話してくだされば、あなたの身の安全を保障することも検討できるのですよ」
蛍の語りかけは、被疑者として追われている石井の"味方"だ、と主張しているとも捉えられる。
冷徹な蛍らしからぬ台詞に、後輩刑事官や黒沢も目を張る。
しかし蛍とは常に想いを伴にする光は当然、彼女の手腕と目的を理解している浜本は様子見に徹する。
一方、落ち着く払った蛍の声と眼差しに石井は今も身構えたまま。それでも、氷のように冷え渡る眼差しと声色に敵意は感じられなかったおかげか。
猜疑と血走っていた瞳の奥でぎらついていた炎は弱まっていくように見えた。
「たとえ、あなたが真犯人であったとしても、あなたが罪を償い"やり直せる"よう、我々も最善を尽くします」
曇りなき氷の眼差しと嘘を感じさせない言葉に、石井は息を呑んで蛍を見つめ返す。
突き刺さるような目付きのままが、弱々しい表情と姿勢は助けを求める幼子のようで。
「っ……嫌だ! 俺は何も知らない! 何も悪くない! 全て、あいつらが悪いんだ!佐々木は、生きる価値のない"屑野郎"だ!!」
蛍の呼びかけに絆されそうになるのも束の間。
石井は我に返ったように顔を上げると、必死の抵抗と共に佐々木への憎悪をほとばしらせる。
「あの死んで当然の屑は……"子ども達"のことで、俺を……"俺の大事な"……っ。だから俺は……っ……でも、あいつは、まさか、あんな……! 俺は悪くない! 捕まるってたまるものかああぁぁ!!」
再び興奮した様子で頭髪を掻きむしりながら喚き散らす。
しかし、一見支離滅裂に聞こえるセリフには、意味深な事実を孕んでいるようにも響いた。
"あいつら"とは、一体何者なのか。
しかも、石井の"共犯者"らしき存在は一人だけではない?
すっかり錯乱している石井の耳には、もはや誰かの言葉も届かない。
「今だ――!」
埒が明かない、と業を煮やした浜本は指示を仰ぐ。
絶妙な同時期で、俊足の黒沢が地面を勢いよく蹴った。
黒沢に続いて蛍と光も、石井に向かって迅速に駆け寄った。
しかし、時はすでに遅かった。
獣さながら血走った眼の石井はズボンの懐へ両手を突っ込み、複数の「小さな球体」を投げ付けてきた。
「!? しまった――。皆、目と口を閉じろ!」
途端、軽やかな爆音が鳴ると共に、通路一面は熱を含んだ七色に彩られた煙幕に呑まれた。
指示を耳にした後輩達、煙幕の正体を一眼で察知した蛍達は、目鼻口をとっさに塞ぐ。
石井が投げたのは、旧時代に子どもに人気を博した"煙玉花火"だった。
現代では生産停止となった煙玉花火は、恐らくエクリプス区で非合法に販売だけでなく、"改造"も施されている。
煙幕からは唐辛子らしき芳香も混じっているらしい。
咄嗟に防御しきれなかった後輩の一部は、目鼻を突き刺す痛み、舌から脳天を燃やす猛烈な辛味に悶絶している。
一方、蛍を含む敏腕の刑事官達は慌てる様子もなく、逃げた石井の行方へ意識を向けている。
極力煙を吸い込まず、足元にも注意を払いながら前を突き進む。
やがて視界の煙幕が晴れていく。
「皆、無事か」
「は、はい。でも……目が開けられません」
「望月刑事官。ハンカチを少し当てると楽かも」
「すみません、櫻井先輩」
幸い、仲間に負傷者はいないようだ。一方、煙幕の唐辛子成分に目をやられた望月後輩へ、蛍は気を利かせる。
望月は借りたすみれ色の清潔なハンカチを両目に押し当て、痛みがひくのを待つ。
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