其ノ四『深淵の果てに』

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 光は、マジで"いい女"に惚れた。  黒沢から見た親友の光も、見た目も中身も自分とは対照的な、真面目で仕事熱心な"人の良い"奴だ。  誠実さの滲む精悍な顔立ちや、無駄のない筋肉に整った体躯も、イケメンな好青年。  不愛想だが、よく言えば真面目で沈着な雰囲気の光は魅力的で、実際モテていた(俺には及ばないが)。  残念ながら、光の寡黙さに"特定の"鈍感さ、そして職業柄不規則で多忙な勤務が災いし、交際は長続きしなかった。  『女曰く、俺は"女心"をまったく分かっていないそうだ』  不器用な光は仕事を優先しがちで、デートの段取りもマメな愛の連絡とかもできないのは想像に容易い。  仮に会う約束をしても、いざ事件による招集があれば、デートのドタキャンと終了は免れない。  ただ顔を見て話して触れたい、と涙を堪えて連絡を待ち焦がれる女心にも、奴は鈍感だ。  女の方から連絡がないなら、「向こうも今は会えない」って意味じゃないのか? 「気にしないで。放っておいて」、と言われたからその通りにしたが、何故か逆上された。  真顔で首を傾げる光に、黒沢は心底呆れ、同情を滲ませた笑いで応じるしかなかった。  光と交際した女子は、奴の生真面目さ、と女心への察しの悪さに愛想を尽かした。  しかし、明確な言葉を聞かずして、女の想いを"何となく"察することも、期待に沿わなかった男を一方的に詰る女の心は、堅物の光には理解し難い。  結果、光は女を自然と敬遠するようになった。  しかし、親友の俺には確信があった。  光の良さを理解できる"理想の女"は必ず存在する。  出逢いと恋愛への期待を無くしていた光だが、俺からすればもったいなくて寂しいことのように思えた。  何故なら、光の呆れるほどの実直な優しさと誠実さに、律儀な姿勢に、救われてきた。  *  『この数式か。ちょうど俺も復習していた。この場合、Xは加害者を表すから、ここでYをかければ……』  『うお……!? マジ解答通り。あんた、一体どうやって計算したんだ?』  『俺も今まで苦戦したが、コツを先輩に教えてもらった。よかったら、一緒に勉強しないか?』 .
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