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真夏の太陽さながら、嘘偽りもない清々しいくらい真っ直ぐで熱い言葉。
正直、今思い出してもこそばゆい台詞だが、心から嬉しかった。
光自身も勉強や訓練で手一杯だったはずにも関わらず、奴は俺の試験勉強を―― "夢"を最後まで支え合った。
もしも光と"親友"になっていなければ、刑事官の俺は存在しなかった。
光と出逢わなければ、きっと俺の人生はクソ虚しくて退屈なモノに終わっていた。
だからこそ、誰よりも愚直でお人好しな"最高の親友"には、絶対に幸せになってほしい。
光に相応しい"最高の女"と共に。今まで恋愛面では不器用で受け身がちな仕事人間だった光が、初めて自ら惚れた女と巡り逢った。
『あなたでしたか、黒沢刑事官。いつも光が優しい表情で語ってくれた、彼の"最高の親友"は――』
普段は寡黙で愛想のない後輩で、後に上司となった同僚。
冷凛と美しくも、どこか少女みたいに純粋で放っておけない女――蛍と光の恋仲を心から祝福した。
だから親友の恋人である蛍は、俺にとっては妹と同じように大切だ。
いざという時は、命に代えても守りたい。
光の幸福のために決して欠けてはならない存在だからだ。
光も既に薄々気付いているだろうが、"本当の蛍は"――根っこは孤独と喪失に怯える"小さな少女"に近い。
大切な誰かに置いてかれることを恐れているような。
それ故か、他者へ依存することも、弱さも本心も明け渡すことへ臆病になっている。
それは――。
「! やべ、考え事をしている内に、出口? 発見……って、何だあれ」
甘くほろ苦い紫煙と懐かしい思い出に浸っていた最中。
いつのまにか、隠し通路の奥で燃える光源の影を発見した。
闇に揺らめく炎の灯りがあるということは、この先に人間がいる。
正体は探し求めている獲物、もしくは他の誰かなのか未知だが。
黒沢は腰帯から取り出した拳銃を握る手へ力をこめた。
野虎のごとき忍び足で着実に前へ進んでいく。
しかし、通路の左角に曲がる寸前、暗い地面で青白く光る"物体"に気付いた。
何だあれは。まさか、石井の落とし物か?
青白く輝く物体――機械端末の正体を確かめるべく、黒沢は体を前屈させて目を凝らした。
途端、黒沢は心臓へ氷柱が突き刺さるような驚愕に双眸を見開いた。
黒沢は土で汚れた馴染み深い無機質物を震える指で操作し、三次元画面を宙闇へ投映させるた。
電源の著しい消耗を訴える音声案内と共に、半透明の画面に表示された、使用者のID番号と氏名に――黒沢の背中へ嫌な汗が流れた。
「……冗談だろ。よりによってあいつの……蛍の警察端末じゃねえか!」
黒沢と親友にとって、最もかけがえのない存在の所持物が、何故こんな場所に落ちているのか。
蛍ほどの刑事官が、重要な仕事道具を落とすという初歩的な失態を冒すとは到底思えない。
まさか、蛍も既にこの場所を突き止めて、ここで――。
持ち主を失って虚しく点滅する警察端末を手に、呆然と立ち尽くす黒沢の心へ"最悪の顛末が浮かんだ。
全身の血が暴れ狂うような焦燥から始まり、憤りへ変容していく感覚に背中を押される。
黒沢は銃口を前へ構えた姿勢で地面を勢いよく蹴った。
「蛍、どこにいる!? 俺が来るまで絶対に待っていろよ――!」
あの蛍が一刻を争う窮地へ陥っている可能性。
居ても立っても居られるはずもない黒沢は、深淵の闇を抜けた光の先へ最初の一歩を踏み入れた――。
「その必要はない――」
突如、鼓膜を震わせた声源は闇を抜けた場所の直ぐ目の前か、それとも背後斜めからだったか。
唯一鮮明なのは、右側頭部へ走った凄まじい鈍痛と生温かく濡れた感触。
隙を突かれた、と気付いた頃には既に遅かった。
黒沢の体は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
かび臭く濡れた地面へ伏せた黒沢の意識は、遠ざかる朧月さながらじわりと薄れる。
行方と安否の不明な蛍、今頃彼女を心配している光、そして仲間達を案じる中、腹立たしい焦燥と鈍痛に苛まれる。
「暫く、お前には退場してもらう――『計画』の邪魔にならないように――』
親友の照れの混じった不愛想な面。
隣で少女のように微笑む蛍。
大切な二人の姿が黒沢の脳裏に優しく浮かぶ。
けれど突如、再び耳朶を舐め上げるようか声に邪魔され、親友達への意識は掻き消されそうになる。
おぞましいほどに美しく、けれど胸糞の悪くなるほど甘ったるく冷たい気配だ。
石井とは決定的に異なる佇まい。氷菓子さながら甘くも、底冷えする声を鍵盤のように流麗に奏でた声。
自分を後ろから殴りつけてきたこの男の危険性は、声と気配だけで本能的に感じ取れた。
蛍――逃げろ――"この男"は危険だ――。
この男こそ、まるで――。
冷たい麻薬のように甘美な危険を孕んだ――関わる人間の全てを糸も容易く"狂わせる"存在だ。
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