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漆黒で首から爪先を覆うタイツの上に、真っ黒な背広を重ねた蛍と光。
定まった線路と時刻に従って、地下を這い回る"鋼鉄の大蛇の腸"へ二人は乗り込む。
ルーナシティでは地下に高速電鉄道、空中には軌道鉄道が設置されている。
シティ全体のICT化に加え、中心都市を「どこでも、いつでも、誰もが、短時間で」行き来できる高速交通インフラも整備された。
本来は車で三十分かかる職場も、わずか数分で到着できる。
交通技術の発展によって、余分な自動車と道路の縮小と撤去は為され、交通事故も"ほぼゼロ"と化した。
ただし、最先端技術によって生まれた"完璧な平和と秩序"を彩る理想都市――その中枢で暮らす人間にしか垣間見れない"暗影"も、二人は知り尽くしている。
職場の玄関口に着いた二人は受付認証機に身分証明たるIDカードの情報画面をかざす。
認証が完了すると同時に、二人は俊敏かつ粛然とした足取りで事務所へ向かった。
『刑事部門』と彫られた灰銀色の合金扉。
入り口横に設置された認証パネルには、警察端末に登録された警察証をかざす。
職場に行くだけで、複雑なのか効率的なのか時折首を傾げたくなる手順を経て、二人は事務所へ足を踏み入れた。
「刑事部・霜月班。蛍・櫻井。ただ今到着しました」
「刑事・葉月班。光・藤堂。ただ今到着しました」
蛍と光の職業をそのまま象徴する『ルーナ警察署本部』の建物内にある刑事部の事務所。
二人は共にルーナシティの治安を守る「警察官」だ。
二人の粛然としたあいさつが、二十席のデスクが並ぶ事務所へ響き渡った後、"一人の刑事官"は飄然と姿を現した。
「よお、お疲れさん! 二人共! 相変わらず早いなぁ!」
「おはようございます。黒沢刑事官。珍しいですね、あなたが先にいるなんて」
おそろいで出勤した蛍と光を気易く迎えたのは、同僚の『弓弦・黒沢』だ。
蛍にとっては先輩、光にとっては警察学校からの同期で"親友"に当たる。
軽やかなモヒカンスタイルに整った眩い金髪。
粗野で軽薄な雰囲気を裏切らないハスキーボイス。
旧時代であれば、金髪とゆるゆるな襟とネクタイの時点で社会人失格だ。
派手な見た目も中身も気さくなチンピラそのもの。
しかし、こう見えても警察官歴は数年超えの、かなりの"やり手"らしい。
黒沢が現場で発揮する"野性並み"と一目置かれる勘の鋭さは侮れない。
警察官とは、基本的に理屈で事件に取り組む。しかし、黒沢は型破りな視点で現場や犯人の思考を分析する直感力に富み、難事件の手がかりや犯人の特定にも貢献してきた。
ただし、非協調的で無礼、軽薄な言動に加え、計画を無視した"猪突猛進さ"でしばしば現場を掻き回す点を除けば頼もしいのだが。
周りもだけでなく、親友である光もまた黒沢の奔放さに頭を抱える。
「お前な。私語は慎めって、いつも言われているだろ? まったく」
「まあまあ! そう堅くなりなさんな二人共! 俺達の仲だろ? 真面目すぎなんだよ、光! なあ? 蛍。」
肩を竦めて笑う黒沢に光と蛍は溜息を呑み込んだ。しかし、これでも蛍は恋人の親友、同僚としても頼りになる黒沢に心を置いている。
黒沢も同様に、蛍を生真面目な妹分のように親しく接してくる。
「ここは警察署で今は勤務中。つまり、名前呼びは慎んだほうがいいかと。黒沢刑事官」
「はいはい。ったく、蛍も相変わらずだなあ。俺の目は間違いなかった。お前らお似合いの"夫婦"になるぜ」
「ばっ! お前なあ!」
蛍へ灯す光の恋心に逸早く気付いた黒沢こそが、二人の仲を取り持った存在だ。
黒沢に背中を押された光が蛍へ告白し、晴れて恋人同士になったことを黒沢は誰よりも茶化し、心から祝福した。
光を揶揄って飄々と笑う黒沢、彼を諌める呆れ顔の光。
二人を静かな瞳で微笑ましく見守る蛍。
職場内でも仲睦まじく言葉を交わす三人のもとへ、霜月班と葉月班の他刑事官も集合した。
「皆さん、おはようございます。あの……櫻井先輩」
「おはよう、望月刑事官。あれからどう?」
「はい。前に話した"彼氏の件"ですが」
『奈々・望月』刑事官。
蛍と同じ霜月班に今年配属された新米だ。
数少ない女刑事官同士の上、大人しめな望月を蛍はさりげなく気にかけてきた。
蛍は警察官としての能力の優秀さに限らず、後輩や同僚にも気配りの届く。
故に望月を含む多くの後輩刑事官は蛍を"先輩"と呼び慕う。
大人しくも芯の通った声色で耳打ちしてきた望月の"恋愛相談"にも、蛍は面倒見良く頷いていた。
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