其ノ一『猟奇事件の暗影に』

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 「え~!? マジ大金じゃねーか! もったいないことするねぇ」  「口を慎め! 黒沢刑事官! ……だが、遺体に詰め込まれた紙幣は全て"偽札"だ」  惨たらしく殺された大臣を茶化すような、黒沢の無神経な台詞を、浜本はすかさず咎めた。  「本当に……こんなふざけた殺し方をした犯人(ヤツ野郎)は血も涙もない、イカれている……っ」  正義の憤慨に燃える光は、報告書を睨みながら呟く。  常軌を逸した残虐極まりない犯行。  正義感の強い光にとって許し難い蛮行として映った。  光の真っ当な怒りと激昂へ呼応するように、他の刑事官も沈黙に凍りつく。  「落ち着いて、藤堂刑事官。黒沢刑事官も、話は最後まで聞きましょう」  最中、この場で最も冷静沈着な蛍は不謹慎な黒沢と怒りに囚われる光をなだめ、話の流れをさりげなく戻そうとする。  「へいへい、サーセン。けどよ、遺体の痛めつけ具合から怨恨の線が濃いね。このお偉いさん、余程恨まれていたんじゃねーか? 収賄とかセクハラとか」  「弓弦!」  浜本に咎められた直後も懲りない態度の黒沢に、今度は光からも叱咤が飛んだ。  「黒沢刑事官。いい加減、慎みましょう?」  蛍が冷ややかに諌めながら、黒沢の手の甲を(つね)った。  途端、黒沢は「いててっ! わーったよ!」、とついに口を閉じた。  普段と変わらない三人のやり取り(力関係)に、浜本は溜息を吐きながらも話を再開する。  「まったく……だが、一理はある。櫻井刑事官の見解は?」  「はい。小笠原大臣は、子ども若者支援の改革に尽力した功績があり、国民からの評判は概ね良かったです。一時期、福祉事業所の"助成金の横領疑惑"も報道されましたが。しかし、結局はマスコミとネットユーザーが流した流言(デマ)として収束しています」  国民の"幸福で健やかな人生"を約束する社会を目指す――。  福祉省の理念に則り、生前の小笠原は児童・若者への福祉に熱意を燃やしていた。  深刻な不足の保育所と保育士の増加・労働環境と基本的賃金の改善による「保育改革」、養育者孤立防止による「児童虐待ゼロの街作り」といった計画を推進してきた。  仮に横領疑惑が事実であったとしても、恥辱に満ちた惨い死に様を公共の場で"見せしめ"るほどの悪人だとは思えない。  「櫻井の言う通り、大臣は評判通りの良き政治家らしい。とはいえ、怨恨や逆恨みの線も踏まえて身辺捜査は続行中だ」  しかし、事件の中枢で捜査に関わってきた蛍達は嫌なほど思い知らされた。  人間の俄に信じ難い闇の一面や真実を目の当たりにする。  善人と悪人、被害者も加害者も関係なく平等に存在し得る。  "完璧"の秩序を実現する街として生まれたルーナシティも、治安は日昇国最優秀だが決して万能ではない。  人は人である限り、罪も過ちも冒しざるをえない。  「どうかねぇ。俺は大臣も黒い、と踏んでいるぜ」  「黒沢刑事官。軽はずみな言動は控えろ」  それにしても、多額の偽札を詰め込まれた惨死体をあえて一目につく場所に遺棄した事。  被害者に"人格者"と謳われる小笠原大臣を選んだ事も。  今回の猟奇殺人事件は単なる快楽目的に留まらず、何か"別の意図"も匂わせている。  『神楽刑事官です。会議中失礼しまーす。新たな報告があってきましたー』  警察端末の通信から緊急速報の電子音が響くと同時に、送信者の気だるげな音声が流れた。   相手は神無月班所属の『慎一(しんいち)神楽(かぐら)』だ。  間延びした声に浜本は露骨に眉をひそめた。  逡巡する蛍達を追い立てるすうに届いた報告が示唆するのは、の知らせ。  さすがの蛍も予想外とばかりに眼を見開き、他の刑事官は辟易した表情で唸った。  *
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