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マウント。
そうか、これが。聞いたことがあるワードに私も少し感慨深くなる。
私にマウントを取って何か利になるのか。まったく理解はできなかったけど。
とにかく、どうでもいい話でも垂れ流されると気分が下がる。
「まりぃの結婚式で職場の先輩として挨拶してくださいよ~」
「それは部長の役目でしょ」
「でも、部長話し下手だし」
「そういうのは関係ないでしょ。とりあえず、退職のこともあるなら早めに話しておいたほうがいいと思うわ」
「は~い」
間延びした返事をする。よし、これで私には用事はないわ……
「ドレスってどんなのがいいと思います~?富士子先輩が着るなら」
「……もう昼休み終わりだから行くわね」
ため息を呑み込んで、私は空のお弁当が入った袋を持つ。席から立ち上がってさっさと休憩ルームから出た。
今日の午後からの業務は新規契約の受付。
テレビで時間制限で半額キャンペーンのCMが流れる予定。
昼時の主婦を狙った昔ながらの戦略。ただ、半額というワード力は時代が流れても、いつでも人の心を掌握する。
このCMが流れる日は、コールセンター内ではほとんどの人員が新規枠の仕事へシフトする。
「お電話ありがとうございます。うるうる美人C、受付センター、明神が承ります」
こうして、一オクターブ高く柔らかな声音でワンコールで電話に出る。それを一日何回繰り返すのかを数えるときりがないからしたことはない。
社員にはなったものの、派遣の時と給料は変わらないし、昇級もほぼない。
コールセンター内で唯一昇級といえば、スタッフを管理するチーフくらい。
勤怠やクレームの内容管理幅広くなる。その上のセンター部長はあまり顔を見せない。コール音と無縁の静かな別室で何かの仕事をしている。
派遣会社からが一番多いけれど、最近はネットからの注文が増えてコールセンタースタッフも前ほどより人数が減った。
ただ、クレームは人がこなさなければならない。この業務が一番きつい。
お怒り状態で掛かってくることが大半だからそれを受け取る側の精神負担は半端ない。
コールセンターはやめていく人間も多い。入れ替わりが激しいから、人間の管理をするのも気力がいるチーフはいつもピリピリしている。
その立場を得たいと思わないから、このままでいいかもなんて思ったのが派遣から切り替わってわりとすぐ。
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