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父ひとりで私を育てるには、豆腐屋だけでは成り立たなくて夜は料理屋をしていた。
元々母が生前切り盛りしていた、実家の一階を改装した庶民的な店。
広いわけではないが、味は定評があって地元の人から愛されている。だけど、金銭的に余裕のある暮らしではなかった。それでも、父は私を大学まで行かせてくれた。
塾に行く余裕はないからお古の参考書をもらったり、学校の先生に聞きにいったりして勉強した。
運動能力がそこまで高くなかった私は勉強でしか存在意義を示せない。
心のどこかで母を失った原因だと自分で思っていたから。誰も責めないかわりに自分で自分を知らず知らず責めていた。
高校の時はそれこそ猛勉強した。勉強はした分だけ点数に出るから私としてもやり甲斐があって性にあっていたのだ。
そして、無事ストレートでT大学に合格した。日本一と謳われるあの大学だ。
父は大喜びで私に抱きついてきた。「よく頑張ったな」と。
父親と抱き合うなんて思春期で初めてだったけど、この時は泣きそうだった。
私の学費などのために、父親が密かに店の合間時間でバイトに出ていたことも知っていたから、それが無駄にならずに済んだと思った。
これからは、私に費やしてくれた分父ちゃんに返そう。
そのためにもっと勉強して、いい会社に就職して、お金を稼ぐ。十代の私は固くそう誓い、富士山が見える町を出ていった。
それからもう十年以上経つ。私も三十五だ。あと三ヶ月でまたひとつ年を取る。
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