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第三話
「いつ見ても綺麗だわ、ここの桜」
うっとりとした表情で、典恵が呟く。
三条から四条のあたりでショッピングを楽しんで、その帰り道だった。私一人ならば自転車を使うところだが、
「天気もいいし、徒歩で行きましょう! お花見も兼ねて!」
と彼女が言い出したため、私たちは鴨川の東岸を歩いていた。
鴨川の河川敷には、桜が咲き乱れている。「花の回廊」とも呼ばれているらしい。
なるほど、まるでピンクの洪水だった。もしも東京でこれほどの桜が集まっていたら、花見の名所になってしまい、見物人で混み合うのではないだろうか。
しかし、この京都は違う。日常生活でも普通に歩いたり、自転車で走ったりする川岸で、花見体験が出来るのだった。
正直、初めて見た時には、圧倒されるくらいだったが……。同時に、なぜか「見覚えがある光景だ」という気持ちもあった。
既視感というやつだ。
おそらく、意識していなかったから覚えていないだけで、ネットの画像か何かで目にしていたのだろう。わざわざ鴨川の桜について検索した記憶はないけれど、京都の大学を目指した時点で、京都での一人暮らしを考えて、市内の様子は散々調べている。その過程で見ていたに違いない。
「おーい! 二人とも、待ってくれよ……」
後ろからの声にハッとして、私は回想を中断する。
振り返れば、少し離れたところに、隆の情けない姿があった。
両手いっぱいに紙袋を下げている。私と典恵の買い物の成果だった。
一般的には、女子より男子の方が歩くスピードは速いはず。でも今の隆が私たちより遅れがちなのは、それだけ荷物が重いという証なのだろう。
よろよろとした足取りの彼に、典恵が笑顔で声をかける。
「あらあら。荷物持ちを志願したのは、隆自身なのに……。もうギブアップかしら?」
典恵の言う通りだった。
最初は「女同士二人で買い物に行く」という話だったのに、隆が「俺も行く」と言い出して、加わってきたのだ。
彼が典恵に付き纏うのはいつもの出来事だから、私は素直に受け入れるつもりだったが……。珍しく典恵が、少し渋るような態度を示していた。
とはいえ、隆が「荷物は全部俺が持つから」と提案したら、二つ返事で了解したのだ。最初に典恵が拒んだのは、ポーズに過ぎなかったのだろう。もしかしたら、私に気を使ったのかもしれない。
「いやいや、男に二言はないぜ。だからギブアップはしないけど……。でも少しは俺のことも考えてくれよ。まるで俺の存在なんて忘れたかのように、二人ともスタスタ歩いていくから……」
そう言いながら、隆は私たちに追いつこうとして、歩くペースを上げる。小走りというほどではないが、足元は見えていない様子で……。
「危ない!」
「えっ?」
私が叫ぶのと、典恵が不思議そうな顔をこちらに向けるのは同時だった。一瞬遅れて、隆は小石に躓く。
「ぎゃっ!」
蛙が潰れたような声を上げて、倒れ込む隆。最後まで買い物袋を手放さなかったため、受け身をとることが出来ず、顔を打ってしまう。
「あらあら。あんな小さな石で……」
言葉とは裏腹に、酷く心配そうな表情を浮かべて、典恵が駆け寄る。
隆だけでなく、典恵も気づいていないほどの小石だったが……。
「ほら、しっかりして」
「うん、ありがとう」
典恵はハンカチで隆の顔を拭いている。
その様子を、私は立ちすくんだまま見守っていた。
典恵にも隆にも言えないけれど、なんだか背筋がゾーッとする気分だ。なにしろ私は、あの小石を見た瞬間、隆が転ぶ姿だけでなく、こうして典恵に介抱される場面まで目に浮かんだのだから。
既に一度見ているかのように、はっきりした光景だった。
既視感にしては、あまりにも具体的すぎる。これでは、まるで予知能力みたいではないか。
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