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「卒業証書授与!」
教務主任の先生の声が体育館に響き渡る。
教頭先生が、漆塗りのお盆に卒業証書を載せて、ステージ中央で待つ校長先生の元へと向かう。
今日は私の卒業式。
大学も無事合格し、嬉しいはずなのに、嬉しくない。
卒業なんてしたくない。
4月からも、ここに通いたい。
私の胸の内は複雑だった。
私が恋をしたのは、3年前の春。
高校に入学した翌日だった。
入学早々の実力テストに試験監督としてやってきた上田先生。
かっこよくて優しそうで、私の一目惚れだった。
けれど、所詮、先生と生徒、どうなるものでもない。
私は、ただ毎日、彼を眺めることしかできない。
幸いだったのは、彼が数学の先生だったこと。
理科や社会などと違い、ほぼ毎日授業がある。
私は、ただ眺めてるだけで幸せだった。
そんな私たちの関係が変わったのは、2年生の春。
校内の異動で、上田先生が私の所属するバレー部の顧問になった。
滅多に顔を出さない顧問もいるのに、上田先生は毎日のように練習を見に来てくれた。
私たちは、すぐに打ち解けて、毎日練習の合間に楽しく会話する。
それでも、やっぱり先生と生徒の壁は厚く、私は想いを告げることなく、ただ先生を見つめていた。
そうして、昨年の初夏、私たちはインターハイ予選に敗退して、部活を卒業した。
そうすると、もう先生とは授業でしか会えない。
上田先生と会いたくて、話したくて、私は数学を頑張った。
毎日、帰宅すると、数学の問題を解き、分からないところに付箋をいくつも貼って、翌日の放課後、先生が部活に行く前に数学準備室を訪れる。
私は、わかるまで、先生を質問攻めにする。
放課後、毎日、先生と2人で椅子を並べて、1時間ほど数学の話をする。
毎日そうすることで、苦手だった数学が、なんだか好きになってきた。
当然、数学の成績は上がっていく。
数学が分かるようになると、質問は減っていくものだけど、それが嫌で、私は問題集のレベルを上げる。
難しい問題にすれば、質問はいくらでもできる。
そうして、先月、私は大学に無事合格した。
けれど、そうすると、今度は先生に会いに行く口実がない。
私は、合格から、今日まで、先生に会えなくて寂しい日々を過ごして来た。
そうして、今日、卒業してしまうと、もう本当に先生には会えなくなってしまうんだ。
だから、私は、卒業が嬉しくない。
卒業なんてしたくないのに。
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