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今日もうさぎ小屋に寄ろうと職員室に行くと、すでに鍵は持ち出されていた。行ってみると、誰かがエサをやっている。気まずいので今日のところは帰ろうと思ったのだが、足音で気づかれてしまった。
「びっくりした。相沢くん、どうしたの」
急に振り返られてこちらも驚いたが、こちらを見上げたのは同じクラスの神崎里菜だった。
「たまにクロに会いにくるんだ。神崎さんは?」
「キャベツでもやろうと思って、家から持ってきたの」
ほら、というようにキャベツを見せながら言う。彼女もよくここへ来るのだろうか。
「神崎さんもここに来てるって知らなかった。うさぎ好きなの?」
「特別好きってわけじゃないけど。教室にいるよりは楽かなって。人って苦手なの」
それは拓海がクロのところへ来るのと同じ理由なのかもしれなかった。言葉が通じるから面倒くさいと思ってしまう。人に関心を持たないクロを見ていると、そんな疲れが少しだけ癒される。
「どうしたの?」
「ううん。同じだと思って。俺もそう思う」
「そっか、仲間だね」
そう言って笑うが目はどこか寂しそうで、違和感を覚える表情だった。彼女とは2年生で同じクラスになったが一度も話したことはない。教室では休み時間に読書をしている姿をよく見る。同級生と話しているところはほとんど見たことがない。そう考えると、少し親近感が湧くようだった。
「それより相沢くん、呼び出されてたでしょ。今朝の遅刻のこと?」
「あ、今日は、田中のことで」
そこまで言いかけて、本当のことを言う必要はないと気づいてやめた。
「田中くん? みんな噂してる。田中くんは楽園へ行ったんだって」
「楽園って」
「知らないの?」
「うん」
「相沢くんって、いろんなことに無頓着よね。もう少し自分以外のことにも関心を持ってもいいと思うけど」
拓海としては自分にも関心はないつもりだったが、今はそういう話ではないのだろう。クロは無表情のままひたすらキャベツをかじっている。
「噂があるの。楽園へ行く列車があるって。都市伝説って言うのかな」
「田中がその列車に乗って楽園に行ったって?」
「あくまでも噂だよ。でも、そんなことするような子には見えなかったのにねって」
「そう言えるほど田中のことをよく見てた人がいるとは思えないんだけど」
「あはは、厳しいな。相沢くんはどう思う?」
「俺もほとんど話したことないから何とも言えないけど。仮に仲がよかったとしても、何を考えてたかなんて分からなかったと思う」
「友達だからって何でも相談できるわけないもんね。相沢くんはそう言うと思った」
里菜は頷いて、長年つき合っている親友のように見透かした目でそう言った。
「俺、4日前……」
「ん?」
包み込まれるような雰囲気に流されて、再び口をすべらせそうになる。
「ごめん、何でもない。用事を思い出したから、帰るね」
「あ、うん。また明日」
拓海は動揺し、とにかくこの場から逃げ出したくて、どこへでもいいから走り出そうとした。
「相沢くん」
呼び止められて、しかたなく振り返る。
「よく分からないけど、1人で抱えすぎるのよくないよ」
「……ありがとう」
そう答えると、あとはもうわけも分からず夢中で駆け出すしかなかった。
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