第71話 魔法の鍵

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第71話 魔法の鍵

「そう! この前のシンメル、あのあと大変だったんです!」 「何が? また変になっちゃったの?」 「いえ、鍵が掛かっちゃって」  奏が聖が帰った後の出来事と、空が偶然持っていたシンメルの鍵で蓋が開いたことを話した。 「へぇ。渚の彼氏が持ってたの?」  渚が肯く。 「その金色の鍵、空と出会った時に空が駅に落として行って、それをあたしが拾って浜松に届けてからいろいろ始まったんです」 「なにそれ」  今度は渚が空との今に至る話をする。聖は時々頷きながら黙って聞いていた。 「せやけど、その鍵、また落としてしもて行方不明なんです。二人の絆の鍵やのに」 「落とした?」  奏もびっくりしている。渚はコクンと肯いた。 「空も覚えてへんし、あたしもそれどころやなかったから」  すると聖が顔を上げ、後ろを振り返って立ち上がった。そのままテーブル上のバックをガサガサしている。そして、すぐに戻って来ると、その手を渚に差し伸べた。 「二人の絆の鍵ってこれのこと?」  その手には、SCHIMMEL PIANOSと刻印された、あの金色の鍵が握られていた。 「えー? なんで?」  渚が口をあんぐりと開ける。 「ピアノの下に置いてある楽譜に挟まってたの。おばあちゃんのレッスンの時に見つけたのよ。でもピアノのロック部分はテーピングしてあったし、使わないなって、取り敢えず私が預かっていたの。あのピアノを弾くのって私くらいだって聞いたから」  渚はまた驚いた。 「楽譜?」 「そう。雨だれの前奏曲」  聖が肯き、その目は静かに渚を見つめる。渚はドキリとした。  さっきの曲や。忘れられない曲ってお母さんが言うてはった曲。初めてあたしが聴いたお母さんの演奏曲。  聖は微笑んで口を開いた。 「きっと誰かがピアノの上にでも置いて、それがマガジンラックの楽譜の中に落っこちたのね。シンメルの精が蹴飛ばしてくれたのかな」  シンメルの精!? お母さんも判ってはる。渚はまた金色の鍵を両手で推し抱いた。せやからこの鍵はいろんなことを結び付けたんや。今度はお母さんに拾ってもらうために、あたしの手を離れて、『雨だれの前奏曲』に収まったんや。運命とか絆どころやない。そう、妖精が持つ魔法の鍵やった…。  聖がそんな渚の髪を撫でる。 「その絆の中に、お母さんも入れてもらえるかな? 拾い主だから」  渚は大きく肯いた。 「と言っても、渚にとっては空君とのご縁が優先よ。この先も一緒に居たいんでしょ?」 「はい。でも…」 「でも?」 「えっと、学校卒業したら、あたし、どこに就職するか判らへんから、一緒に居られるかなって…」  渚は呟いて項垂れた。すると、 「あ。それなんですけど!」  奏がまた手を叩いた。 「私、お父さんに渚ちゃんのこと話したの。そしたら卒業したらウチに来てくれないかなって。神山楽器には今、調律師がいないのよ。お父さんが片手間でやってるけど、お店あるから遠くに行けないし。それで私だけじゃ半人前だけど、渚ちゃんと一緒にやればイケるんじゃないかって。渚ちゃんならバイクでぴゅーって遠くも行けるし」  奏のお家のお店。ピアノには妖精が住んでるって教えてくれた奏のお父さんのお店。渚は心が熱くなるのを感じた。そこにこんなあたしが求められている。  奏は悪戯っぽく付け加えた。 「それに、そしたらずっと浜松に居られるでしょ、空君と一緒に」  聖と鮎が小さく拍手する。みんなの視線が渚に集まる。ずっと浜松に…。 +++  渚はそっと目を閉じた。すると瞼の裏に浮かんでくる。  仄かに潮が香る浜に海のカニが歩き、澄んだ瞳の空が微笑んでいるのを。  渚を待つ遠くの淡海(あふみ)、浜名湖の波は今日も穏やかである。                                                                【おわり】
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