初恋は、塩辛いと思いきや

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***  金曜日の夜。一週間に一度、この日だけはとっておきの楽しみが待っている。  はやる気持ちでいそいそと帰り支度をし、まずは駅前の書店に向かった。  そこでお勧めの文庫本を一冊購入し、すぐ近くにある行きつけの飲み屋さん『まったり屋』に立ち寄る。  そこでは大勢でワイワイと楽しみたい人達はもちろん、一人でゆっくり飲みたい人も快く受け入れてくれるので、私のような内向的な人間も気兼ねなく居酒屋を楽しむことができるのだ。  和食系のおつまみが絶品で、ここで一人で本を読みながら飲むことが何よりのご褒美だった。  しかし今夜に至っては、こちらの想像を絶するご褒美となるなんて、そんなことは露ほど思いもしなかった。 「か……課長……」  通されたカウンター席の一つ右隣の席に天野課長が一人、晩酌をしているところだった。 「あれ?唐田?」  白い肌を赤く染め、いつもの涼しげな瞳をとろんとさせている課長。  実にレアだ。  私は固唾を呑み込む。  神様、ありがとうございます。  課長のこんな貴重な姿を目に焼きつけることができるなんて。  もしかしたら、今年一番のご褒美かもしれない。 「お、お邪魔して申し訳ありません。席を代えてもらいます」  しかし、部下にそんな姿を見られるのは不本意かもしれない。  何せ課長は、歓迎会まで即答で断った男だ。  深々と頭を下げ踵を返す私の腕を、何故か課長はぐっと力強く掴んだ。 「課長!?」  信じられない。  塩対応の課長からは考えられない行為だ。  ……もしかして、課長凄く酔ってる……? 「なんで唐田が謝るの。早く座りなよ」  隣の席をぽんぽんと叩いて私に促す課長。  見たこともない姿に、鼓動が瞬く間に速まった。  まだ頭が混乱したままとりあえず席に着く。  至近距離で、それもじっと私を見つめる課長に、今すぐ倒れてしまいそうだった。 「ここ、唐田はよく来るの?」 「え?ええ。……まあ」 「そうなんだ。俺は初めて。凄い居心地いいな」 「そ、そうですね」  嘘でしょ?  塩じゃない。  課長、ちっとも塩じゃないです。 「何飲む?」  メニューを差し出してくれる課長。 「あ、ありがとうございます」  それどころか、めちゃくちゃ優しい!  
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