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「……天野さん、しおりのこと、宜しくお願いします」
突然真剣になる敦子に驚く。
こんなふうに、まるで親のような台詞を言ってくれるのは嬉しかった。
「しおりは、今まで大切に守ってきた初めての恋を、天野さんに捧げようとしてるんです。どうか、末永く幸せにしてあげて下さい」
「あっちゃん……」
私の為に頭を下げてくれるのは心底有り難い。
だけど、ちょっと重すぎる話で課長困ってないかな?
まだ付き合ったばかりなのに、初めてを捧げるとか、末永く幸せに、とか、そういうの面倒になってしまうんじゃ。
「……わかりました」
だけど恐る恐る見上げた課長は、とても凛とした笑みを浮かべていた。
「安心して下さい。末永く大切にします」
そう言って、テーブルの下で密かに私の手を握ってくれる。
胸が締めつけられて苦しい。
ここまで誠実に、真っ直ぐに言ってくれるなんて思わなかった。
まるでそれは、将来のことも思い描いてしまいそうな言葉で。
たまらなくなって彼の手を強く握り返すと、課長は頬を赤くさせながら柔らかく微笑んだ。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
あっという間にお開きの時間。
帰り際、敦子は私を引き留めた。
「しおり、これ良かったら見てみて」
差し出された小さな袋を確認すると、中身はブルーレイディスク。
「……?ありがとう」
どんな内容なのか聞くタイミングを逃しているうちに、敦子は手を振って颯爽と去って行く。
「良い友達だな」
二人で彼女の小さくなる後ろ姿を見送りながら、隣の課長がしみじみと呟いた。
私も胸が一杯になりながら肯く。
敦子、なんだかんだ言って、ただ親身になって私のことを課長にお願いしてくれただけだった。
この十数年間、どんな時も味方になってくれた敦子を思い出し、心の中で彼女に頭を下げる。
「さて、このあとどうしようか」
課長はそっと私の手を握った。
「また俺んち来る?」
耳元で囁かれ、あの日のことを瞬時に思い出し固唾を呑み込んだ。
“お泊まり”
敦子の叱咤も思い出してしまって。
「しおり?」
何も答えられずにフリーズする私を、課長は苦笑した。
「ごめんな。今日はどっか飯食いに行こうか」
優しく笑う課長にホッとしながらも、同時に寂しさを覚える自分に気づいた。
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