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それからも、課長とはなんの進展もないまま。
週末に飲みに行ったり、デートを重ねても、夜が更けると課長は私を送って去って行く。
その後ろ姿があんまりにもあっさりしているので、もしかして塩系の課長に戻ってしまったんじゃないかと不安になるほどだった。
あの日から、キスもしていないし、甘い言葉もくれない。
ご褒美をお預けされているような気分になって、その度に私は唇を噛みしめるのだった。
『今日こそホテル誘いなよ!』
まったり屋で一人飲んでいた時。
敦子のメッセージに思わずビールを噴きそうになる。
マニュアルのおかげで予備知識がバッチリになってしまった私は、敦子が言わんとしていることもわかってしまった。
正直に言うと、私だってそういうことに興味がないわけではない。
恋愛小説に時折出てくるそのシーンは、いつだって愛に溢れていて、うっとりするくらい美しく官能的で。
そんなふうに私も愛されてみたい、なんて、柄にもないことを考える自分が恥ずかしく、ビールを一気に呷った。
『ごめん。もう少し時間かかりそう』
残業の課長は、今一生懸命働いているのに、私は何を考えてるんだろう。
「はぁ……」
やっぱり今日も誘えない。
きっと課長、疲れてるだろうし。
顔を見れるだけでも、有り難いと思わなきゃ。
『待たせてごめんな。今日はもう間に合わなさそうだから、申し訳ないけど先に帰って。ちゃんとタクシーで帰るんだぞ。また連絡する』
課長、仕事がまだ終わらないんだ。
彼の優しいメッセージも、心なしか淡々としたものに見えてきて、胸がチクリと痛んだ。
こうやって悶々としているのも、会いたくて仕方なくなってしまうのも、私だけなんだって。
「………………」
少し酔っているせいなのか、早々とお会計を済ませ店を出ると、駅とは反対方向へ歩き出していた。
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