8178人が本棚に入れています
本棚に追加
降り出した雨は、電車に乗っている間に本降りになり、最寄り駅から自宅まで走った。
たった五分ほどなのに、玄関に着いた頃にはびしょ濡れで、秋の夜の凛とした空気が身体を冷やしていく。
雨予報なんてなかったし、課長、大丈夫かな。
まだ会社にいるんだろうか。
「………………」
さっきの光景と逃げるように飛び出した失態を思い出し、頭をぶんぶんと横に振った。
すぐにお風呂にお湯をためて、濡れて纏わりつく服を脱ぎ洗濯機に放り込んだ。
浴室の鏡に映った自身が目に入って、ため息をつく。
やっぱり高梨さんが言う通り、私ってもの足りないんだろうか。
付き合うなんて初めてで、どこまで自分をさらけ出して良いかわからない。
さっきの課長、すごく驚いた顔してた。
きっと私が怒って帰ったんだと思っているだろう。
シャワーを止めると、浴槽に入りそのまま頭までお湯の中に潜った。
確かに、高梨さんに抱きつかれている課長を見るのは嫌だった。
でも課長が抱き締め返していたわけでもないし、誠実な課長が浮気するなんて毛頭思ってない。
それよりもショックだったのは、高梨さんに対して強い嫉妬と課長への独占欲を滲ませてしまった自分にだ。
『課長をとらないで』
そんなことを思って、お腹の中にどす黒い感情が芽生えてしまった気がする。
まるで課長を自分のもののように思うなんて、最低だ。
こんな気持ちが課長にばれたら、きっともっと離れていってしまう。
『この行為は、二人の信頼関係を築き、愛を深めることに繋がります』
敦子から貰ったブルーレイの内容が天啓のように降りてきて、勢いよく浴槽から上がった。
課長との距離がもっと縮まったら、こんな醜い独占欲もなくなるかもしれない。
その為には……
『しおりから誘いな』
『突き進め』
敦子の言葉を反芻し、心を奮い立たせる。
「私から……誘う」
バスタオル一枚で寝室に移動し、クローゼットの中の引き出しを漁った。
敦子のアドバイスを受けて購入した、大人っぽいワインレッドの下着セット。
絶対無理だと思っていたけど、試しに着けてみよう。
その上には、いつも着ないようなテロテロした素材の、シャツワンピースのルームウェア。
丈がかなり短くて恥ずかしかったけど、「彼シャツみたいで良い」と言って、敦子がごり押ししていたものだ。
姿見に映ったいつもとは雰囲気の違う自分を見て、緊張感が高まる。
次のデートでこれを着て、……きっと課長を……
…………誘える?
怖じ気づいた瞬間にインターホンが響き渡り、驚きすぎて心臓が止まりそうになった。
最初のコメントを投稿しよう!