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俺たちに手を出すな
俺はジョニー。しがないチンピラだ。
まあそれは昨日までの俺。今日からは、俺はビッグになる!そうさ、そのために、ここに来たんだ…。
「入れ」
一見、上質なオーク材に見える高級なドアだが、こいつは中に分厚い鉄板が挟み込まれている、つまり防弾仕様ってわけだ。そいつを開いたやつの顔を知っている。用心棒のゴードン。こいつ、脇に吊るしたホルスターのごつい45口径を隠そうともしない。ほかにも何人か用心棒がいるが、どいつもこいつも一癖も二癖もあるような面だった。
「よく来たな、ジョニー」
そう言ってふんぞり返ってハバナ産の葉巻をふかしているこいつは、まあ一応俺のボス、ってとこだ。
「お呼びだそうで」
俺は努めて礼儀正しく挨拶をした。こんなやつでも暗黒街の顔役だ。気に入られなければ一生チンピラのままだし、逆らえばもちろんこの世から消えちまう。
「呼んだのはほかでもねえ。お前に頼みたい仕事があってな」
こいつはついてる。ボスに直接依頼を受けるなんてチンピラの俺じゃありえない話だ。よっぽど今朝のお祈りが効いたんだ。
「殺しですか?」
ギャングの世界じゃ当たり前だ。ボスに呼び出され頼まれるのはこれしかない。つまり、ヒットマンだ。だがいまの俺に贅沢は言ってられない。こりゃあ受けるっきゃない。こいつはビッグチャンスだ。
「おいおい、早とちりはするな。わたしたちは健全なビジネスマンだ。違うかね?ロジャー」
「はい、ボス。おっしゃる通りで」
なに言ってやがる。どこが健全だ。それにしてもこのロジャーってやつは得体の知れないやつだ。ボスの右腕なのは知っているが、こいつの経歴がさっぱりわからねえ。どこぞの軍隊上がりだと噂されているが、ホントかどうかは誰も知らない。
「失礼しました、ボス」
「堅苦しいのは抜きだ。なあジョニー…おまえをブロンクスの場末の酒場で見つけたとき、お前は俺に何と言った?」
ずいぶん古い話を持ち出しやがったな。まあ、あのときは俺も必死だった。なにしろこいつの目に留まるのが、俺の最優先だったからな。
「命を差し上げます、と」
「そうだジョニー。あのときの言葉はいまもお前の胸にあるか?」
おやおや?ヤバい仕事か?対立するファレンツェ一家に殴り込みか?
「もちろんです、ボス」
ボスはそれを聞いてロジャーに目配せした。ロジャーは恭しく真っ黒なアタッシュケースを俺の目の前に置いた。こいつはどうやら合格らしい。やれやれ、これでやっと俺の目的が果たせそうだ。
「これは?」
「なにも聞くんじゃない。いいか?こいつを肌身離さず持っていろ。そうして、どこか誰にも目のつかないところでじっとしているんだ。わかったか?」
こいつはそうとうヤバそうなシロモノなんだな。ヘロインか…いやいやそんなもんじゃない。もっとヤバいものだろう。
「つまりサツの目から消えろ、と」
「サツ?警察なんてそんなもんはどうでもいい。いいか?お前は誰の目にも留まってはならない。やつらはどんな手段でも使うからだ」
「やつら?」
「まあそのくらいは教えてやろう。そいつらはFBIだ」
「なんですって!」
俺はせいぜい驚いたふりをしてみせた。
「そう驚くな。やつらは盗聴、尾行はもちろん強制捜査の名目で拉致や潜入までしてきやがる。うかうかできんのだ」
「そりゃつまり、ファミリーにスパイがいるってことで?」
「そう考えてもらってかまわない」
「な、なんで俺がこんな大役を?俺はただのチンピラにすぎませんぜ?」
ボスはそこで初めてニヤリと笑った。
「チンピラ?だからいいんだ。こいつを預けられるのは、うちのファミリーじゃおまえしか適任者はいねえ」
そのボスの言葉を傍らのロジャーが引き継いだ。
「ボスはな、おまえがまだファミリーに入ったばかりで無名なのを買ったんだ。俺たちはみな面が割れてるからな」
ロジャーのニコリとも笑わない愛想のない面で、俺のことをそう評価した。なんだ、無名って。たしかに俺は駆け出しのチンピラだ。だからって言いすぎだろ、それ。
「なんだ?怒ったのか?」
「い、いえ…こ、光栄です。命をかけてこいつを守ります」
「頼むぜ、ジョニー。うまくいったらお前はボスのそばで働けるぜ」
「ほんとっすか!」
「ねえ、ボス?」
ロジャーの言葉に大きくボスは頷いた。
「まずは運転手からやってみるか?なあ、ジョニー…」
「よかったなジョニー。ボスのそばにいりゃいろいろ仕事のこともわかってくる。そうすりゃすぐ幹部だぜ。これで今日からチンピラともおさらばだな」
ロジャーはそこで初めて笑ったみたいだ。オーケー、いいだろう。ようやく俺にも運が向いてきたってわけだ。いやあ、長かったなあ…。
「それじゃあ、みなさん、手を頭の後ろに。そこのお前!膝まづくんだ」
俺の言葉にみなぎょっとしたようだ。まあ本当にぎょっとしたのは俺の手の中にある拳銃が見えたからだが。
「な、なにイカれたこと言ってんだてめえは!」
「静かにしろ。おまえたちを逮捕する。俺は連邦捜査官のジョニー・フランケルだ」
「な、なんだと!」
「こいつは帳簿だろ?お前たちの金の流れ、すべてが記載されているはずだ」
「て、てめえ潜入捜査官か!」
「だったらどうした!もうじき仲間が来る。もちろんSWATチームもご一緒だがな」
俺は勝ち誇ったように連中を見た。だがひとつだけ気になることがある。ボスの顔だ。なぜか余裕に満ちた顔をしてやがる。
「そこまでだ、ジョニー」
「どういう意味だ?」
「きみはこれでおしまい、ということさ」
「な、なんだと?」
「わたしは麻薬取締局捜査官アダム・フーバーだ。かねてから君のことは目をつけていたんだよ。まさか連邦捜査官とはね。そいつがこのヘロインを狙っていたとは、まあ実際驚いたよ。目的は横流しか?」
はあ?なに言ってんだこいつ!いやいやありえないだろ、ギャングのボスが捜査官?麻薬?なんじゃそりゃ。
「おおっと、動くなよ二人とも」
ボスの右腕の男が突然、そう言った。
「ロジャー?きさま…」
ロジャーは脇のホルスターからその大ぶりな拳銃を抜き、俺たちに突き出していた。
「なにが麻薬取締官だ。そんなもんクソだな、なあボス?」
「きさま何を言っている。きさまこそ終わりだ。たかがマフィアの用心棒風情が」
「残念だがそうじゃない。わたしはCIAのロジャー・アルトマンだ。そのアタッシュケースの中身は合衆国の軍事機密だろう?いったい何か国に機密売買を持ちかけたんだね?まあいい。そいつを渡してもらおう」
なに言ってんだこいつら?なんで麻薬取締官とCIAが出て来るんだ?
「ちょっと待ってください」
そう言ったのは用心棒のゴードンだった。
「なんだ!」
三人からそう怒鳴られたゴードンはさすがにムッとした顔になった。
「みなさん拳銃を捨ててください。わたしはロス市警刑事部のゴードン警部補です。三人ともそれぞれ逮捕状が出ています」
「逮捕状だと?」
「そうです。暴行監禁、誘拐、強盗、そして殺人のです」
「なんの話だ?っていうかいま聞いていなかったのか?わたしは麻薬取締官で…」
「俺はCIAだと」
「俺はFBI」
「なんでもいいですよ、みんなまとめて逮捕です」
なんかややこしいことになった。いやいったいどれが本当なのかわからなくなってきた。
「ちょっとまって。あんたたちはなんだって?」
「だれだお前は?引っこんでいろ!」
用心棒のひとりが声をあげたのを、たまらずゴードンが怒鳴ってそう言った。
「そうはいかない。わたしは財務局調査官のハーベンスというものだ。そいつは偽札の原版という話なんだが?」
「い、いやそいつはちがうだろ!俺はマイケル・ハリス。ニューヨーク市警の捜査官で、マンハッタン銀行から盗まれた金塊を追っている」
また誰かがそう言って話はどんどんややこしくなった。
「いやちょっと待ってくれ。わたしは空軍情報部のアーネスト少佐だ。そいつは中国の新型ミサイルの設計図だと」
「いやロシアの潜水艦のはずだ!」
もう収拾がつかず、どんどんおかしなやつが現われてくる。しまいにはNASAの地球外生命体探査チームまで出てくる始末だ。
「そいつのなかに宇宙人が入っているという情報が」
「そんなわけねえだろ!」
「ケネディ暗殺の新証拠が」
「いや大統領のスキャンダルがそこに!」
「ネタ的に古いぞそれ!」
もうみな勝手なことを怒鳴り合っている。
「みんなちょっと待ってくれ!」
俺はたまらずみんなに怒鳴った。
「ここに、本物のマフィアはいるか?」
みな顔を見合わすばかりだった。なんてこった!俺を含めてこいつら全員、潜入捜査官だったのだ!きっと潜入捜査官が多く入り込みすぎて、しまいにはすべて捜査官になってしまったんだろう。ああ、なんてことだ。
あれ以来、俺たちはまたもとの潜入捜査官に戻った。もちろんあんなことがあったなんていうのは秘密にした。あれから何もなかったようにギャングを続けた。マフィアの撲滅がわれわれの使命だったからだ。すると組織は段々と大きくなっていく。そりゃそうだ。国家の中枢組織がギャングやってんだから、正直恐いものなしだ。
「みな手をあげろ!国家安全保障局のオリバーだ!ここがテロリストのアジトだと情報が…」
ときどきこういった手合いが入ってくる。俺たちはこういうやつにいちいち対応しなけりゃならない。ちゃんと教えないとな。
俺たちに手を出すな、と。
――おわり
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