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~生死をさまよった余命宣告~
はじめまして!私の名前は美海と申します!
よろしくお願いしますm(_ _)m
私は、20年以上前にとある病院で572gでこの世にせいを受けました。
実は、私のお母さんは妊娠半年、《23週目》で、私を産みました。
産まれてすぐ、ICUに行き、色んな機械やチューブに繋がられた日々…。。、
産まれすぐ、目もあいてない、産声1つもあげない。ましてや、息さえしてない…
そんな中産まれました。
産まれて、すぐ人工呼吸器をつけて、目のレーザー手術もしました。
自発呼吸の抜管に3度失敗もしました。
4度目で失敗したら、気管支切開をよぎなくされたそうです。
でも、抜管、4度目で自発呼吸に成功しかすかなハスキーな声でやっと泣いたそうです。
私の病気はそう、言うのを忘れてました!
ごめんなさい。
私の病名『超未熟児網膜症』という病気をもって産まれてきました。
産まれすぐICUに行き1年半という長い月日を周りの赤ちゃん達と一緒に過ごしました。
同じICUにいた赤ちゃんは私より重たい病気の子もいて、ほとんどの子(半分以上)亡くなったと母から聞かされました!
その中であなたは生き抜いたのよ!
正しく奇跡だよ!と言われました!
私は、産まれすぐ、お医者さんに『お子さんの命は今日までもつかもたないか、覚悟しといてください』って言われたそうです!
そんな中、周りの看護師さんや、助産師、周りの人の懸命な治療や支えてくれたお陰で、私の命は救われたと思い、今となってはとても感謝してもしきれません。
お母さんは流産を4回したらしく、上の子は普通に健康に何不自由なく産まれてきました。
そこで、何度も私は親を責めました。
なんで上の子は健康なのに、私だけ病気を持って生まれてきたの?健康に産まれたかった…
健康に産まれたら今どんな人生を歩んでたのかな?とか色々思う事、考えさせられることたくさんありました!
でも、確かに、病気を持って産まれてきたからこそ、同じ病気の子の心の痛みや苦しみ、思いやりが分かるようになったと思います!
私は色々、病気の後遺症が今も残っています。
たくさんいじめられました。その分たくさん泣きました。
でも、病気で産まれたからこそわかる事、また、同じ病気を持って産まれた子供たちに伝えたい
たくさん悩んだり苦しんだり泣きたくなる事もあると思う。
その分周りの人が支えてくれて、愛してくれて…守ってくれる。確かに自分が病気と告げられたら多少、落ち込むと思う!それをバネにして明るく前向きに生きる!同じ病気を持ったからわかる
人を思いやる気持ちは大切だと母から教わりました。
いつか、私の命を救ってくれたお医者さん、周りの人達に直接会って感謝の気持ちと恩返しをしたいです!
最後に、私の生い立ちを読んでくださりありがとうございましたm(_ _)m
もし良かったらコメント待ってます♪
2022年3月26日(土)
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