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予期された襲撃
シルフェストとの行商交易、四日目。特別何を買うわけでもなく、今日もリーヴはいつものカバンを肩から下げてマーケットを見て回っていた。日替わりで目玉商品を変えている店も多く、同じ大通りを通るだけでも目に飽きない。
大通りに並ぶトラッキルスの出店をひと通り回って、そろそろ中央広場へ向かおうかというところ。大通りはなかなかの賑わいで、中を通り抜けるのは少しばかり面倒そうだな、と眉をひそめた。カバンの中にはレスターもいる。あまり人混みに揉まれたくはない。
そこで、カバンの中のレスターが低く呻く声がした。そっと視線を下げ、なだめるようにカバンの上から軽く叩いてやる。
適当なところで細い脇道へ逃れた。リーヴはこの町で育った。裏道、脇道はよく知っている。
大通りから一本道を外れただけで別世界のように物音は遠ざかり、ことさら静かに思える。自覚しないうちに、リーヴもマーケットの熱気にあてられていたようだ。吹き抜ける風もどことなく冷たく落ち着いている。ひとつ大きく深呼吸をしたあとで、そのままリーヴは振り向くことなく歩き出す。左手はカバンにかけられたまま、右手はコートのポケットへ入れた。
「あの、すみません」
中央広場のマーケットへ向かう最中、そう背後から声をかけられた。振り向いた先にはフードつきのローブを着込んだ女性がひとり。どこか不安げな眼差しにリーヴは小さく首を傾げる。
「道に迷ってしまって。シルフェストの行商テントに行きたいんですが……」
「あぁ、それなら僕も行くところだけど、あいにく案内はしてあげられないかな」
「?」
「いや、僕じゃなくてそこらのおにーさん達に連れてってもらったらいいんじゃないかな、と思ってさ」
カバンの蓋を軽く跳ね上げれば、中から「不可視の獣」が飛び出した。軽やかに着地するなり、彼は剛毅に咆哮をあげた。
慣れているリーヴでも少し耳が痛くなるレスターの咆哮は、彼自身と同じような「不可視」の魔法を打ち破る効果を持つ。紙が焼け落ちるように魔法が解け、自分と女性しかいなかった路地に男がふたり姿を現す。
けれど、どちらもうまく顔が視認できない。どうやら自分たちの姿を隠す魔法の他に、人相を覚えられないように意識を阻害する魔法も使っているらしい。
突然魔法が解けたことで、男たちも迂闊に距離を詰められないと思ったのだろう。物々しい気配はそのままだが、すぐにその場から動く気配はない。
挟まれる形になったリーヴは彼らの魔力の色を見れば、最近見慣れた赤が混ざっている。にい、とリーヴの口角が上がる。
「話をするときはちゃんと相手の前に姿を見せないと。ねぇ?」
そうからかう子どものような声音に、男のひとりが舌打ちを返す。未だ足元で唸り声をあげるレスターの方へ少し意識を残しながら、リーヴは両手をコートのポケットにしまった。
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