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「依頼を引き受ける前に、もうひとつだけ。どうしてうちに?」
純粋な行方不明者であれば、もっとふさわしい届け出場所があるはずだ。特に、暁光地区の教師などという公人であればなおのこと。
「妻の出身は、隣のイーディケだ」
「……あぁ、そういうこと」
トラッキルスよりも北に位置し、深い森と泉に囲まれた町、イーディケ。そこは妖精族の棲む町だ。両町間の仲は悪くないのだが、イーディケに棲む彼らには彼らの秩序と正義がある。
「警察もこの町の中は探してくれたようだが、この町から出ているなら打つ手はない、と言われたよ」
この町の中をあらかた探していないとなれば、次に考えることは故郷へ戻ったのではないか、ということ。ただ、「隣町へ出ていった妖精の行方を探している」などとイーディケで人探しならぬ妖精探しをしようものなら、入口の森に惑わされて何も成果を得られず叩き出されるのが目に見えている。
探すにしてもアテもなく途方に暮れていた時に、この店の噂を聞いてやってきたそうだ。
「探し人、今回は探し妖精か。お引き受けします」
リーヴがそう笑めば、ジャッカル頭の獣人はホッと安堵の息をついた。硬い印象だった表情が少しばかり柔らかくなったように見える。
代わりにひとつ頼んだのは、手がかりとして似姿と一緒にこの結婚指輪を預からせてほしい、ということ。それに対しても、彼は特に渋る様子もなく頷いた。どうやら本当に他に打つ手が見つからないらしい。
進展の有無にかかわらず、三日に一度の報告を行うことを最後に約束する。
「こちらから連絡をするまでは、店には来ないでくださいね」
リーヴは右手を開いて差し出した。男は少し合点がいかないようにその手を見ていたが、じきにこれが人間の挨拶だと思い出してくれたらしい。体毛と皮膚の厚い、けれど思いのほかやわらかな手で握り返してくれた。
男が店を出て少ししてから、リーヴは町の詳細な地図を引っ張り出してきた。カウンターに広げて、小さな人形をひとつ置く。パチンとひとつ指を鳴らせば、人形がひとりでに道に沿って歩き出す。向かっていく先は輝石街――いわゆる上流階級一歩手前、というあたりの住宅街だ。
あの握手のとき、袖口に気づかれないようにひとつ発信機を取り付けた。それに呼応してこの人形は動いている。彼に予め書いてもらった住所と、彼が向かう先はどうやら一致しているようだ。
「やっぱりなぁ。まだあっちの方の開拓した覚えないんだけどな……」
まぁいいか、とリーヴはひとつ嘆息する。どのみち、いつかは向かわなければならない場所だ。
頬杖をつき地図を歩む人形を見ていると、傍らからグルグルと声が聞こえた。
それは、獣が喉を鳴らす音。リーヴが視線をやったのは空のケージだ。
「……そうだな。先に飯にしないと」
片手でケージの扉を開きながら、少し頬を緩める。それに応えるように、またひとつ獣の甘えた鳴き声がした。
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